第21話 村を出る一日のために
その夜、レオンは夕食の器を片づけてから、ガルドの前へ座った。
「来月、町で剣の稽古会があるそうです」
ガルドが顔を上げた。
「ロルフが言っていたやつか」
「はい。トーマと、行ってみたいです」
言ってから、膝の上で指を組んだ。
ガルドの家には、寝る場所がある。毎日の仕事も、昼寝の稽古をする場所もできた。
それを一日休んで、知らない相手と剣を合わせに行く。
自分から頼むのは、少し勇気が要った。
「日取りは聞いたか」
「ロルフさんが、明日の朝に教えてくれます」
「なら、薪を届ける日と重ならんようにしよう。宿屋にも先に話しとけ」
レオンは顔を上げた。
「行っても、いいんですか」
「行きたいから、話したんだろう」
ガルドは立ち上がり、空の器を重ねた。
「俺も町へ用を作る。帰りに二人を拾えるようにな」
レオンは、ようやく指をほどいた。
*
「もう一つ、話しておきたいことがあります」
ガルドが器を置いた。
レオンは膝へ目を落としかけ、顔を上げ直した。
「僕の、家の名前です」
ロルフに話したことを、今度はガルドへ伝えた。
ヴァルグレイ家に生まれ、剣術スキルが発現しなかったこと。誕生日に家を出るよう言われ、木剣と着替えだけを持って歩いたこと。
ガルドは途中で口を挟まなかった。
「黙っていて、すみません」
最後にそう言うと、ガルドは眉を寄せた。
「俺は、家の名前を聞かなかったからな」
「でも……」
「お前が十歳で、ひとりで空き家にいたことは聞いた。だから、寝る場所を空けた。それは変わらん」
レオンは物置へ続く扉を見た。
あそこには毛布があり、着替えの袋が置いてある。木剣を立てかける場所も、もう決まっていた。
「……ありがとうございます」
「明日も早いぞ。話が済んだら、寝ろ」
レオンはうなずき、椅子から立ち上がった。
*
翌朝、ロルフは日取りと場所を書いた紙を渡してくれた。
町の南側にある訓練場。朝から始まり、昼過ぎには終わるという。
「俺が着けるかは分からん。着いたら、ベルクという男を探せ。話は通しておく」
レオンとトーマは、並んでうなずいた。
「勝った数を競うだけの場所じゃない。できないことがあったら、聞いてこい」
ロルフはそう言い、馬へ向かった。
今度の見送りでは、前ほど胸が重くならなかった。
次にやることが、手の中の紙に書かれていたからだ。
馬が街道へ出てから、レオンはトーマにも自分の家の話をした。
トーマは黙って聞き、最後に木剣を見た。
「じゃあ、それは家にいたときから使ってるのか」
「うん」
「なるほど。俺より前から振ってたんだな」
レオンは少し戸惑った。
「家のこと、驚かないの?」
「驚いたけど、昨日のお前が急に変わるわけじゃないだろ」
トーマは紙をのぞき込んだ。
「それより、稽古会までに、あの受け方をもう一度見てくれよ」
レオンは紙を畳み、うなずいた。
*
それからの日々は、忙しくなった。
朝は薪を運び、仕事のあとに打ち合う。昼寝の前には、その日に直した動きを自分で確かめ、二本の線へ残した。
足の運びが乱れた日は、一歩下がって元へ戻る動き。そのあとに、素振りを一つ。
受けたあとで腕が止まった日は、斜めに構え、そこから剣を振り下ろす動き。
いつも同じ二行にはしなかった。
眠って目を覚ましたら、一度、自分の意思で動かす。トーマと剣を合わせて、相手がいても使えるかを確かめた。
うまくいく日もあれば、急いで足がもつれる日もあった。
それでも、以前は途中で下ろしていた薪の籠を、軒下まで持っていけるようになった。
トーマと打ち合う時間も、少し長くなった。
「最近、休もうって言うの、俺の方が先だな」
井戸のそばで言われ、レオンは自分の脚を見た。
見た目には、それほど変わっていない。
けれど、眠っている間に動かした分も、身体には残っているらしかった。
*
稽古会の前夜、レオンは早めに木剣を片づけた。
柄の紐を確かめ、布で汚れを拭く。角兎の角が触れた小さな傷も、まだ残っている。
袋へ着替えと銅貨を入れ、ロルフの紙も畳んでしまった。ガルドが用意した明日のパンは、まだ食卓にある。朝、それを受け取れば、もう出発できる。
忘れ物がないか確かめるたび、町で剣を構える自分の姿が浮かんだ。袋の紐を結び終えてからも、なかなかその場を離れられなかった。
明日は、知らない人たちの前でこれを握る。
父の言葉を、ふと思い出した。
剣術を受け継げない者を、家に置く理由はない。
あのときは、何も言い返せなかった。家を出てからも、目の前の食事と、次の日の仕事を考えるので精いっぱいだった。
けれど今は、見てもらいたい剣がある。
あの人たちにも、いつか見せたい。
剣術スキルがなくても、ここまで来たのだと。
レオンは柄を握り、すぐに手を離した。明日の前に、今夜もう一度振り始めてしまいそうだった。
「寝ろよ。早く出るぞ」
扉の向こうから、ガルドの声がした。
「はい。おやすみなさい」
レオンは毛布へ横になった。
明日は村を離れる。夕方には、ここへ帰ってくる。
戻る場所があることを確かめるように、毛布の端を指でつかんでから、目を閉じた。




