第20話 帰ってきた護衛
宿屋の表から、聞き覚えのある声がした。
レオンは薪を持ったまま、足を止めた。
「部屋は空いてるか。今度は、明日の朝までだ」
裏口へ顔を出すと、革の上着を着た男が、馬の手綱を宿屋の主人へ渡していた。
腰には、傷のある鞘が下がっている。
「ロルフさん!」
男が振り返った。
「おう。まだ、ちゃんと働いてるな」
レオンは薪を厨房へ置き、もう一度表へ走った。
ロルフは肩の袋を下ろしている。頬に少し髭が伸びていたが、笑った顔は変わらなかった。
「少し、見てもらえますか」
言い終える前から、胸が熱くなった。
ロルフは宿屋の中を見てから、うなずいた。
「荷を下ろしてからな。今日は、日が落ちる前なら空いてる」
*
裏庭には、トーマも来た。
レオンから話を聞いていたので、一緒に見てほしいと、木剣を持って待っていた。
ロルフは二人の素振りを見てから、短い打ち合いをさせた。
初めは、レオンが肩を触られた。
次は、トーマの木剣を受けたあと、もう一度合わせて距離を取った。
三度目には、近くに残った袖へ振った。トーマに受けられたが、すぐに剣先を戻し、次の一振りに備える。
「止め」
ロルフが手を上げた。
レオンは木剣を下ろした。
胸の音が、まだ速い。
「どうでしたか」
ロルフはトーマへ目を向けた。
「大きく入ったときに、後ろの足が残る。だが、すぐ寄せ直すようにはしてるな」
「はい。そこを、この前触られたので」
トーマが答える。
ロルフはうなずき、今度はレオンを見た。
「お前は、剣が戻るようになったな」
レオンの指に、少し力が入った。
「前は一本振ったら、そこで腕も目も止まってた。今日は、次が来るまで構えてた」
「……練習しました」
「ああ。見れば分かる」
その言葉を、レオンはもう一度聞きたいと思った。
*
二人は、受けた位置から振るときのことを尋ねた。
ロルフは棒を拾い、ゆっくりと合わせてくれた。
「形だけ先に決めると、届かんところでも振りたくなる。お前たち、そこを自分で直そうとしたんだな」
レオンとトーマはうなずいた。
「相手が近くても、剣が残ってるときは無理に打つな。さっきのレオンは、それを見て待てた。次は、待つ間も肩を固めないことだ」
木剣を構え、力を抜く。
ロルフが棒で軽く触れると、さっきより手元が揺れずに済んだ。
「これなら、次も動かせるだろ」
「はい」
レオンは、その感触を覚えようとした。
昼寝の稽古へ残したい動きが、また一つ増えた。
*
稽古を終えると、トーマは夕食の支度を手伝いに戻った。
レオンは井戸のそばで、ロルフに新しくできたことを話した。
光の板は、自分にしか見えない。代わりに、小屋で二つの動きが続くところを見せた。
ロルフは腕の運びを眺めていた。
「それが、寝てる間も続くのか」
「はい。初めは、一つだけでした」
レオンは文字を消した。
「二つに増えた理由は、まだ分かりません」
「分からんことが多いんだな」
「でも、起きているときにも、少しずつできるようになります」
ロルフはレオンの木剣を見た。
「なら、次に何を覚えるかが大事だ。覚えたら使ってみて、変なところがあれば直す。お前たちは、それをやれてる」
レオンはうなずいた。
剣術スキルではないと言っても、ロルフは失望しなかった。
あの家で聞きたかった言葉を、今、別の人からもらっている気がした。
*
「そうだ。来月、町で剣の稽古会がある」
ロルフが言った。
「俺の知り合いも、相手役で行く。お前たち、ほかの子と打ち合ってみる気はないか」
「トーマと、ですか」
「一緒に行けるなら、そうするといい。知らない相手を見るのも稽古になる」
レオンは木剣の柄へ目を落とした。
トーマの構えなら、毎日のように見ている。知らない剣を前にしても、同じように動けるだろうか。
試してみたい。
そう思ってから、胸の奥が少し縮んだ。
町へ行けば、自分のことを知っている人がいるかもしれない。
「名前は、聞かれますか」
ロルフが顔を向けた。
「そりゃ、呼ぶ名前くらいはな。何か困るのか」
レオンはすぐには答えられなかった。
ガルドにも、トーマにも、名前だけを伝えていた。それだけで、呼んでもらうには十分だった。
けれど、ロルフには一度、話しておきたかった。
「僕の名前は……レオン・ヴァルグレイです」
ロルフの目が、わずかに動いた。
「あの剣術の家か」
レオンはうなずく。
「剣術スキルを授からなかったので、家を出されました」
口にしてから、木剣を握る指が硬くなっていることに気づいた。
ロルフはしばらく黙っていたが、やがて、レオンの手元を指した。
「その剣は、お前が振ってきたものだろう」
「……はい」
「なら、稽古会でも、それを見せればいい。家の誰かの代わりに振る必要はない」
レオンは、ゆっくり顔を上げた。
すぐに行くとまでは、まだ言えなかった。
それでも、隠していた名前を聞いたあとも、ロルフの目は、今の自分の剣を見ていた。
「ガルドさんと、トーマに相談します」
「ああ。それでいい」
庭へ、夕食を知らせる声が響いた。
レオンは木剣を下ろした。
誰も知らない相手の前で、自分の剣を構える日。
その日を思い浮かべると、怖さと一緒に、早く次の稽古をしたい気持ちも湧いてきた。




