第18話 二本目の線
木剣を振り、正面へ戻す。
斜めに構え、もう一度戻す。
レオンは荷車小屋で、二つの動きを交互に繰り返していた。
手の痛みがなくなってから、さらに三日たっている。薪運びにも戻り、トーマとは短い打ち合いを再開した。
休んでいた間に、木剣が振れなくなったわけではなかった。
けれど、振り終えたあと、相手の次の一手へ備えるところは、まだ遅い。
攻めるときは攻めることだけ、受けるときは受けることだけを考えてしまう。
ロルフにも、剣が触ったあとまで見るように言われた。
今も、そこがうまくできていなかった。
*
光の板には、文字が一つ浮かんでいた。
『木剣を振る』
レオンはそれを消し、別の動きを書こうとした。
『木剣を斜めに構えて元に戻す』
何度も使っている動きだ。
だが、今日は文字の下に、薄い線が見えた。
レオンは木剣を下ろした。
いつもの線の下に、もう一本、短い線がある。
「……二本?」
目をこすろうとして、木剣を置いた。
顔を近づけても、少し離れても、線は消えない。板そのものが、下へ伸びたように見えた。
前に二つ目の動きを書こうとしたときには、何も起きなかった。
いつからあったのだろう。
今朝は見落としていたのかもしれない。昨日は、どうだっただろうか。
思い出そうとしても、はっきりしなかった。
レオンは下の線へ意識を向けた。
小さな光が、その端で瞬いた。
*
最初に、上の文字を消した。
下の線だけへ、いつもの動きを思い浮かべる。
『木剣を振る』
文字が浮かんだ。
レオンは木剣を握り、板の下へ意識を向けた。
腕が上がる。
振り下ろされ、元へ戻った。
それが何度か繰り返されるのを見てから、文字を消した。
「下にも、書けるんだ」
声にすると、胸の奥が熱くなった。
レオンは庭へ出て、小屋の入口に主人がいることを確かめた。
「新しいことを、試してもいいですか」
「剣を振るんじゃないのか」
「振るんですけど、違う動きもできるかもしれなくて」
主人は首をかしげたが、手にしていた籠を脇へ置いた。
「誰も入らんようにしとく。物には当てるなよ」
「はい」
レオンは小屋へ戻り、周りの広さをもう一度確かめた。
*
上の線には、こう書いた。
『木剣を振る』
下の線には、別の文字を浮かべる。
『木剣を斜めに構えて元に戻す』
二つとも、別々なら何度も繰り返してきた動きだった。
両方あったら、どうなるのだろう。
レオンは深く息を吸い、動かした。
木剣が上がった。
正面へ振り下ろされる。
腕が戻り、そのまま斜めに持ち上がった。
胸の前へ、剣先が戻る。
今度は、最初の素振りだった。
「順番に……」
上の文字の端が光り、次に下の文字の端が光る。
上へ戻り、また下へ。
二つの動きが、一つずつ交互に実行されていた。
レオンは二つの文字を消した。
腕が止まる。
もう一度書き、順番を入れ替えた。すると今度は、斜めの構えから始まった。
下の動きまで終わると、また上へ戻る。
偶然ではなかった。
いったん止め、今度は下の文字だけを消してみた。動かすと、上に残した動きだけが繰り返された。
空いた線があっても、そこで止まるわけではないらしい。
下へ文字を書き戻せば、また二つになる。ただ、動いている途中で書き換えるのは、まだやめておいた。どちらの腕の動きから変わるか、今は分からない。
レオンは一度ずつ止めてから、文字を確かめた。
*
「何か変わったか?」
主人が入口から尋ねた。
「二つ、続けられるようになりました」
レオンは腕を止め、答えた。
「前は、同じ動きだけだったんです。今は、振って、そのあと別の構えにできます」
主人はしばらくレオンの木剣を眺めていた。
「寝ててもか」
「まだ、そこまでは試してません」
「じゃあ、まず起きてる間に確かめろ。俺はここで豆を選ってる」
主人は籠を膝へ載せた。
レオンは木剣を握り直す。
二つになったからといって、何でもできるわけではない。
これを打ち合いで使えば、相手がまだ動いていなくても、勝手に構えを変えてしまう。素振りと同じで、動く相手を見てくれるものではなかった。
けれど、稽古で交互に繰り返したかった動きを、そのまま残せる。
レオンは、さっき自分でやっていた順番へ戻した。
振る。構え直す。
受ける形を作る。また正面へ戻る。
肩が上がっていないか、剣先が大きく揺れていないかを、一つずつ確かめた。
*
目を覚ましたときも、二つの動きは続いていた。
主人が籠から顔を上げる。
「起きたか。そろそろガルドが来るぞ」
レオンは文字を消し、木剣を下ろした。
手は痛くない。足元も、同じ場所だった。
光の板には、線が二本残っている。
レオンはその空白を見つめた。
なぜ増えたのかは、分からない。長く使ったからなのか、いろいろな動きを書いたからなのか。
ただ、最初に見たときから、ずっと同じままではなかった。
自分ができることも、このスキルでできることも、まだ増えるかもしれない。
レオンは小屋を掃き終えると、トーマを探しに行った。
明日は、振ったあとに構えを戻すところを、また見てもらおう。
二本の線へ何を残すかは、その稽古をしてから決めたかった。




