第14話 自分の銅貨で
町へ続く街道は、集落の道よりも広かった。
ガルドの隣を歩きながら、レオンは行き交う人を見ていた。
籠を背負った女の人。羊を連れた男。荷を高く積んだ馬車が来ると、ガルドと一緒に道の端へ寄る。
袋の底に入れた銅貨が、歩くたびに小さく鳴った。
「落とすなよ」
何度も袋へ手を当てていると、ガルドが言った。
「はい」
「使い切らんでもいい。要るものがなければ、持って帰れ」
レオンはうなずいた。
買いたいものは、まだ決めていなかった。だが、ただ受け取って袋へしまっていた銅貨を、今日は初めて外へ持ち出した。
*
町の市場は、人の声でいっぱいだった。
焼いた肉の匂いがする。木箱には見たことのない色の果物が並び、その隣では革の靴を売っていた。
レオンは何度も足を止めかけた。
「先に、こっちだ」
ガルドに呼ばれ、慌ててあとを追う。
道具屋の店先には、鍬や斧が壁にかけられていた。ガルドは持ってきた古い斧を見せ、店の男と話し始める。
レオンは邪魔にならないところへ立った。
斧の柄を何本か比べる間、壁の端に並んだ剣へ目が向いた。木剣ではない。鞘に収まっていても、金具の光り方で分かる。
家の剣技場にも、ああいう剣があった。
「剣が欲しいのか」
ガルドに声をかけられ、レオンは首を横に振った。
「まだ、使えません」
ロルフは、本物の剣を抜かずに相手をしてくれた。トーマと打ち合うときも、途中で止められなければ危ない。
あの刃を持つことを想像すると、握る手に力が入りそうだった。
「今のが、使いやすいです」
袋にくくりつけた木剣へ触れる。
ガルドはうなずき、買った柄を受け取った。
「じゃあ、こいつを頼む」
レオンは布で巻かれた柄を、両手で受け取った。
*
塩と縄を買い終えたところで、ガルドが足を止めた。
「お前の用事はあるか」
レオンは周りを見た。
菓子を売る店から、甘い匂いが漂ってくる。小さな焼き菓子が、皿の上に積まれていた。
少し食べてみたい。
けれど、袋へ手を伸ばしたとき、木剣を結んだ紐が指に引っかかった。何度も結び直しているうちに、端がほどけ始めている。
「紐を、見たいです」
ガルドは隣の露店を指した。
「そっちで切り売りしてる」
店には、細いものから指ほどもある縄まで、巻いて並べてあった。レオンは木剣の柄を示し、これを巻ける紐が欲しいと話した。
店の女の人が、平たい紐を手に取る。
「これなら滑りにくいよ。どれくらい要る?」
レオンは答えられず、木剣の柄を見た。
女の人は笑い、巻く長さを一緒に確かめてくれた。
言われた額の銅貨を、麻袋から取り出す。
女の人の手のひらへ置くと、代わりに、丸めた紐が渡された。
「ありがとう」
レオンは紐を受け取り、もう一度礼を言った。
自分で働いてもらった銅貨が、手の中で、別のものになっていた。
*
市場の端で、ガルドとパンを食べた。
買った紐を袋へしまおうとして、レオンは手を止めた。
古い紐も、まだ使える。端を切って結び直せば、すぐには切れそうにない。
「無駄遣いだったでしょうか」
聞くと、ガルドはレオンの手元を見た。
「使うつもりで買ったんだろう」
「はい。でも、古いのも捨てるほどじゃ……」
「なら、取っとけ。袋を縛るのに使える」
レオンは古い紐を指でつまんだ。
「新しい方を、使っていいんですか」
「自分のものを買ったんだ。俺の顔を見て決めんでいい」
ガルドは残りのパンを口へ入れた。
レオンは少し考えてから、新しい紐をほどいた。
トーマの木剣のように、柄へ巻いてみたかった。汗をかいた手でも握りやすくなるだろうか。
そのために、選んだのだ。
*
集落へ戻ると、レオンは物置の入口で木剣の手入れを始めた。
汚れを布で拭き、柄へ新しい紐を巻く。
最初は隙間が空いた。ほどいてやり直すと、今度は結び目が指に当たる。
ガルドが通りかかり、覗き込んだ。
「手の当たらん方へ、結び目を寄せろ」
言われたとおりにすると、うまく握れた。
庭へ出て、一度振る。
木剣が少しだけ太くなったように感じた。いつもの力で握ると、指が窮屈だ。
握りを緩め、もう一度。
剣先が、正面を通った。
レオンはまだ光の板を呼ばず、何度か自分で振った。道具が変われば、手の感触も変わる。慣れないまま繰り返したくはなかった。
「どうだ」
「握りやすいです」
答えると、ガルドが笑った。
「じゃあ、いい買い物だな」
レオンも、少し笑った。
*
夕方、宿屋へ寄ると、トーマが庭を掃いていた。
「今日は来ないかと思った」
「町へ行ってたんだ。もう、打ち合う時間はないけど」
「叔父さんが、明日の昼は手が空くらしい。俺も少しできるぞ」
「じゃあ、明日」
レオンが答えると、トーマの目が柄へ向いた。
「紐、巻いたのか」
「うん。買ってきた」
「いいな。その木剣、ずっと使ってるんだろ」
レオンはうなずいた。
家を出るとき、持ってこられた数少ないものだ。あの家で使っていたものだから、手放せなかったのかもしれない。
けれど、今、柄に巻かれている紐は違う。
薪を運んで、銅貨を受け取り、自分で選んだ。
レオンは新しい握りを確かめた。
「まだ、これで練習する」
「そりゃそうだ。明日は、昨日みたいにはいかないからな」
トーマが笑った。
レオンは笑い返し、木剣を袋へ結びつけた。
ほどいた古い紐も、もう一本の予備として、その中に入っていた。




