第13話 繰り返した先の一本
木と木がぶつかり、レオンの剣先が横へ流れた。
トーマの木剣が、空いた肩へ触れる。
「今のは、受けたあとが遅いな」
レオンはうなずき、構え直した。
宿屋の裏庭へ通い始めて、三日たっていた。初めより相手の剣を受けられるようになったが、そのあとで触られてしまう。
受け止めた木剣を、いつまでもその場所に置いているからだ。
「もう一度、同じように来てもらっていい?」
「いいぞ」
トーマが近づく。
レオンは足を引き、木剣を斜めに合わせた。こつんと音が鳴ったら、相手の剣を押さえつけず、正面へ構え直す。
今度は、胸の前へ剣先が戻った。
トーマの二度目の動きが止まる。
「そう。それだと、こっちもすぐには行けない」
レオンは柄を握り直した。
ずっと勝てなかった理由が、一つだけ見えた気がした。
*
打ち合いを終えると、レオンは荷車小屋へ入った。
トーマは叔父に呼ばれ、厨房へ薪を運びに行っている。
レオンはひとりで、さっきの動きを確かめた。
木剣を斜めに上げ、元の構えへ戻す。
最初は、剣先を大きく動かしすぎた。腕を下ろしてから持ち上げるので、戻るまでに時間がかかる。
もう一度。
肩を上げず、肘を身体から離しすぎない。トーマの木剣に合わせたときの形を思い出し、そこから正面へ戻した。
光の板を呼び出す。
『木剣を斜めに構えて元に戻す』
腕が動き始めた。
上げて、戻す。上げて、戻す。
レオンは目を開けたまま、何度か確かめた。思っていたところへ剣先が収まる。
「今度は、それを寝ながらやるのか」
戻ってきたトーマが、入口からのぞいた。
「うん。受けたあと、すぐ戻せるように」
レオンは文字を消した。
「でも、これだと同じ方にしか動かせない。反対から来たら、自分で動かさないと」
「そりゃそうだろ。俺が同じところばかり狙うわけないし」
トーマは木剣を脇へ立てかけ、入口の外に座った。
「少し休んだら、叔父さんの手伝いに戻る。起きるときに呼べばいいか?」
「うん。ありがとう」
レオンはもう一度文字を浮かべ、腕の動きを見届けた。
昼の暖かい風が、小屋へ入ってくる。
目を閉じると、トーマが木剣の柄を布で拭く音が聞こえた。
*
次の日も、その次の日も、レオンは同じ動きを練習した。
朝は自分で動かし、午後の短い眠りの間は、フルオートへ任せる。
打ち合いでは、まだ何度も触られた。
反対から来る剣に、いつもの構えを出してしまったこともある。トーマに首をかしげられ、レオンは熱くなった頬を押さえた。
受ける場所は、自分で選ばなければならない。
ただ、一度合わせたあとに、腕が止まることは減っていった。相手の剣を見るうちに、自分の剣先が胸の前へ戻っている。
そこでようやく、次の動きを考える余裕ができた。
トーマが大きく踏み込むとき、後ろの足を寄せるのが少し遅い。
前にも気づいていた。けれど、自分の木剣を戻している間に、相手の構えも整ってしまっていた。
今日なら、間に合うだろうか。
レオンは構えたまま、トーマを見た。
*
「これで最後にしよう」
トーマが言った。
二人とも息が弾んでいる。レオンは井戸の水を飲みたいのを我慢して、もう一度だけと、うなずいた。
相手が近づく。
すぐには動かない。木剣が来るのを見てから、足を引いた。
斜めに合わせた剣が、トーマの一振りを外へ流す。
次の瞬間には、自分の剣先が正面へ戻っていた。
トーマの身体は、まだ前へ寄っている。
袖が近い。
レオンは木剣を少し持ち上げ、相手の上腕へ向けて下ろした。
布へ、軽い手応えがあった。
「止め」
声を出したのは、レオンだった。
剣を止めたまま、相手の木剣も見る。自分の脇へ戻ろうとしていた剣先が、途中で止まった。
トーマが、自分の袖を見た。
「……触ったな」
「うん」
レオンはゆっくり木剣を下ろした。
「今のは、そっちが先だ」
トーマは肩を回してから、口を曲げた。
「いつも同じように踏み込むから、分かったか?」
「少し。でも、前は間に合わなかった」
答えると、トーマは自分の後ろ足を見た。
「次は、俺もそこを直す」
*
帰り道、レオンは木剣を抱えていた。
たくさん負けたうちの、たった一本だ。明日は、同じようには届かないかもしれない。
それでも、腕を戻す稽古が、あの一振りにつながった。
眠っていた間も、確かに身体は覚えていたのだ。
家に戻ると、ガルドが斧の柄を見ていた。
「明日、町まで行ってくる。留守の間、薪を――」
そこまで言いかけ、レオンの顔を見る。
「何かあったか」
「一本、取れました」
ガルドは斧を置いた。
「そうか」
声が、少し柔らかくなった。
「今日はよく食え。町の用事も、お前がよければ一緒に来い」
「僕も、ですか」
「新しい斧の柄を買う。ついでに、こまごましたものもある。持つのを手伝ってくれ」
レオンはうなずいた。
仕事をして、銅貨をもらってから、集落の外へ買い物に出るのは初めてだった。
物置へ戻り、着替えの袋から小さな麻袋を出す。
口を開くと、貯めた銅貨が触れ合って音を立てた。
レオンはそれを確かめ、木剣の隣へそっと置いた。




