第12話 剣術スキルのある少年
「本当に寝てる」
聞き慣れない声に、レオンは目を開いた。
荷車小屋の入口に、少年が立っている。レオンより頭ひとつ高く、片手に布で包んだ長いものを抱えていた。
レオンは光の板の文字を消した。
「……誰?」
「トーマ。ここの主人は、俺の叔父さんだ」
少年は、小屋の外へ目を向けた。
宿屋の主人は、庭で空の籠を重ねていた。
「薪の子が、寝ながら剣を振るって聞いたから。何のスキルなんだ?」
「フルオート」
「知らないな。剣術の種類?」
レオンは首を横に振った。
トーマは抱えていた布をほどいた。中から木剣が現れる。レオンのものより少し長く、柄には細い紐が巻かれていた。
「俺は剣術。三年前に授かった」
その言葉に、レオンの目が止まった。
*
トーマが木剣を振ると、短い音がした。
小屋の外は晴れている。雨が上がってから何日かたち、庭の土も乾いていた。
「一緒にやらないか。普段、相手してくれるやつがいないんだ」
レオンは木剣の柄を握った。
「僕も、ひとりだけど」
「なら、ちょうどいい」
トーマは庭の真ん中へ出た。
レオンはすぐには続かなかった。
剣術スキル。
家で何度も聞き、授かるはずだと言われていたものだ。兄たちが剣を構えたときの、迷いのない動きを思い出す。
「どうした?」
「……僕は、剣術スキルを持ってないんだ」
トーマが振り返った。
「さっき言ってた、フルなんとかだけか」
「うん」
「木剣は振れるんだろ?」
レオンは手元を見た。
寝ている間も握り続けた柄に、自分の指が収まっている。
「振れる」
「じゃあ、やってみよう」
トーマは、もう一度庭の方へ歩き出した。
*
主人に声をかけ、庭を使わせてもらった。
頭と指は狙わない。強く打たない。止めと言ったら、すぐに止める。
レオンがロルフとの決まりを話すと、トーマはうなずいた。
「分かった。どっちかに触ったら、そこで終わりな」
少し離れて向かい合う。
トーマは斜めに木剣を構えた。レオンも構え、相手の胸へ目を向ける。
「行くぞ」
足が近づいた。
レオンは下がる。
相手の木剣が腕へ伸びてきた。自分の剣を合わせようとしたが、先に袖を触られた。
「一本」
トーマが木剣を下ろした。
速かった。
けれど、何が起きたかは見えた。受けようとした腕が、間に合わなかったのだ。
「もう一度、いい?」
「ああ」
今度は、相手が来たところで少し大きく下がった。
剣先が届かない。
トーマがもう一歩寄る。レオンも下がり、足を止めずに距離を取った。
「逃げるなよ」
そう言われ、レオンは踏みとどまりかけた。
その肩を、木剣が軽くたたいた。
「……今のは、止まっちゃった」
「止まったな」
トーマがうなずく。
レオンは構え直しながら、後ろを確かめた。井戸までは、まだ遠い。
声に気を取られて足を止めない。次は、そこを気をつけよう。
*
何度やっても、先に触られるのはレオンだった。
自分から振れば、受けられる。待っていれば、相手の剣先が伸びてくる。
ただ、ロルフとの稽古とは違った。
トーマは、ときどき大きく踏み込んでくる。そのあと、後ろの足を寄せる間に、動きが少し止まった。
そこへ木剣を出そうとして、二度、間に合わなかった。
三度目は、振り上げるのをやめた。
トーマの木剣が近づく。
レオンは下がりながら、自分の剣を斜めに合わせた。こつん、と木が鳴る。
押し合わず、もう少し下がる。
トーマの剣先が、脇を通った。
レオンは前へ出かけ、その場に踏みとどまった。
相手の木剣は、まだ胸の前へ戻ってくる。
無理に飛び込まず、もう一度構え直す。
「……よく見てるな」
トーマが言った。
そのあと腕を触られ、やはり負けた。
けれど、レオンはさっきほど悔しくなかった。
初めて、来た木剣を合わせて外せた。そのあとも、相手を見るのを忘れなかった。
*
「そろそろ休め。井戸を塞ぐなよ」
主人に言われ、二人は庭の端へ座った。
トーマが木剣を膝へ置く。
「ああいうの、どこで習った?」
「護衛の人に、少しだけ。もう出発したけど」
「剣術を持ってないのに、ちゃんと受けるんだな」
レオンは顔を上げた。
トーマは、悪気なく言ったらしい。自分の木剣の紐を巻き直している。
「俺、初めて剣を持ったとき、構え方が何となく分かったんだ。お前も、そういう感じなのかと思った」
「僕は……何度も振って、教えてもらってる」
「寝ながらも?」
「うん」
トーマは、さっきレオンが立っていた小屋を見た。
「それで、何回くらい振る?」
「長く眠ったら、一万回くらい。でも、ここでは少し昼寝するだけだから、もっと少ないよ」
紐を巻く手が止まった。
「一万?」
「たぶん。眠ってる間は数えられないから」
トーマはレオンの顔を見たあと、木剣の柄を見た。
「……そりゃ、構えるのに迷わないわけだ」
*
ガルドが迎えに来たころには、日が傾き始めていた。
レオンは木剣を袋へくくりつけた。
「また来るか?」
トーマに聞かれ、手を止める。
「仕事が終わったら。小屋を使わせてもらってるから」
「俺も、しばらく叔父さんの手伝いに来る。空いてたら、またやろう」
「……いいの?」
「俺だって、相手がいる方がいい」
トーマは木剣を布で包み直した。
帰り道、ガルドが尋ねた。
「勝てたか」
「一度も」
レオンは答えてから、少し笑った。
「でも、次もやろうって」
「そうか」
剣術スキルを持つ相手には、まだ届かなかった。
それでも、目をそらさずに構えられた。受けられた一度を思い出すと、次に試したいことが浮かんでくる。
レオンは、袋の木剣が揺れないよう、手で押さえた。
明日も、仕事を終えたらあの庭へ行こう。




