第11話 昼寝の稽古
翌朝、レオンは物置の入口に立ち、両腕を広げていた。
木剣を持たなければ、棚に手は届かない。けれど、剣を振るには、やはり狭かった。足元には、ガルドが用意してくれた敷物もある。
「壁は、押しても広くならんぞ」
背後から声がした。
振り返ると、ガルドが空の器を重ねていた。レオンは慌てて腕を下ろした。
「すみません」
「謝ることはない。稽古の場所か」
「はい。前にいた家なら、広いんですけど」
ガルドは少し考え、器を台へ置いた。
「あの空き家へ戻って寝るつもりか」
レオンは返事に迷った。
屋根に穴があり、雨が降れば濡れる。だが、木剣を振り続けられる広さはあった。
「毎晩じゃなくても、晴れた日だけなら……」
「眠るのは、夜でなきゃいかんのか」
レオンは顔を上げた。
「昼に少し休むときも、そのスキルは使えるんだろう」
試したことがなかった。
それでも、光の板に昼と夜を選ぶところはない。眠ったから動くのではなく、動かしたまま眠れるだけだ。
「たぶん、できます」
「じゃあ、飯のあとに試してみろ。最初は俺も見てる」
*
午前の仕事を終えると、レオンは庭の端を片づけた。
足元の小石を拾い、積まれた薪から離れる。ガルドが通るところにも、剣先が届かない。
昼食のあと、木剣を手に、その場所へ立った。
ガルドは家の前に腰を下ろし、古い籠の取っ手を直している。
「眠くないんじゃないか」
「少しは」
食事をして、日向に立っていると、まぶたが重い。毎朝早く起きていたから、昼に眠れないわけではなさそうだった。
レオンは自分で何度か木剣を振った。
腕の動きが落ち着いたところで、光の板を呼び出す。
『木剣を振る』
身体が同じ動きを繰り返し始めた。
「じゃあ……目を閉じます」
「ああ」
まぶたの裏が明るかった。
剣が空気を切る。籠の取っ手がきしむ。遠くで、誰かが鶏を追っている声がした。
夜の廃屋とは、聞こえる音が違う。
レオンはしばらく、その音を聞いていた。
*
「レオン。そろそろ起きろ」
名前を呼ばれ、目を開いた。
木剣が振り下ろされる。
レオンは文字を消し、腕を止めた。庭に立ったまま、少しの間、辺りを見回す。
ガルドが立ち上がり、直した籠を持っていた。
「眠ってましたか」
「返事がなくなってから、しばらくたつぞ」
レオンは手のひらを開いた。
痛みも、だるさもない。朝まで眠ったときと同じだった。
「昼でも、できるんだ」
うれしくなって木剣を握り直すと、ガルドがその腕を眺めた。
「寝てるのに、よく落とさないもんだな」
「動かしている間は、手もそのままなんです」
「なるほど。呼べば起きるのは、分かった」
ガルドは籠を置き、井戸の方へ歩き出した。
レオンも木剣を片づけ、あとを追った。
ひと晩ずっと続けることばかり考えていた。だが、昼に少し眠るだけでも、その間は剣を振れる。
夜は毛布で眠り、昼は庭で稽古をする。
そんな使い方も、できるのだ。
*
翌日は、朝から細い雨が降った。
庭での稽古は諦め、レオンはガルドと薪を届けに行った。宿屋の裏へ回ると、いつも荷車を置いていた小屋が空になっている。
ロルフたちと一緒に出ていった荷車が、そこを使っていたのだ。
屋根は大きく、乾いた地面が奥まで続いていた。
レオンが見つめていると、宿屋の主人が裏口から顔を出した。
「どうした。何か忘れ物か」
「いえ。あの……」
ガルドが、隣から小屋をのぞく。
「しばらく、空いてるのか」
「次の客が来るまではな」
「この子に、少し剣を振らせてもらえんか。庭じゃ雨に当たる」
主人はレオンの木剣を見た。
「ロルフが見てた子か。中に物を置いてない間なら、構わんよ」
レオンは顔を上げた。
「ありがとうございます!」
「その代わり、終わったら掃いといてくれ。荷車から藁がずいぶん落ちてる」
「はい!」
ガルドに頼まれていた薪を厨房へ運んでから、レオンは箒を借りた。
*
小屋の中は、藁と乾いた土の匂いがした。
床を掃き、壁際へ箒を立てる。入口から離れたところに立つと、木剣を振り上げても梁には届かなかった。
木剣を下ろし、小屋の外も確かめる。入口を横切る人には届かない。奥から荷物を取る用事ができたら、先に呼んでもらおう。主人にそう頼むと、豆の籠を抱えたまま、分かったと返事があった。
主人が入口の脇に腰を下ろし、豆の莢をむき始めた。
「寝ながら振るって、本当か」
ガルドから聞いたらしい。
レオンは少し恥ずかしくなった。
「はい。でも、今日はあまり眠くないので、眠れるかは……」
「眠らなきゃ、普通の稽古だろ。好きにやれ」
主人はそう言い、豆を籠へ落とした。
レオンは木剣を構えた。
屋根を雨がたたく。だが、靴は濡れない。腕を伸ばしても、壁に当たらない。
最初の一振りは、自分で振った。
昨日より肩に力が入っていたので、息を吐いてやり直す。
納得できる一振りを確かめてから、光の板へ文字を浮かべた。
腕が動き始める。
レオンはすぐには目を閉じず、剣先を見た。
この動きを、次の稽古へ持っていく。
そう思っているうちに、屋根を打つ雨音が、少しずつ遠くなっていった。




