第8話 ブナの年輪とシーモアの誘い
「おお。頭のてっぺんは肌が白くなったの」
シーモアはブナの頭皮を指でぐいぐい押しながら笑顔で言う。
シーモアは機嫌がよかった。
ブナが瞬きするたび、黒い中に白目が消えたり現れたりするので面白い。
「髪もてっぺんだけ短く生えておる。うむ。
ぼちぼち身体も休眠から目覚め始めるころか。素晴らしい回復力だ」
ヨウムに任せたのもよかった。
抜かりなく治療が施されている。
シーモアは少年のように心が弾んでいた。
素晴らしい。素晴らしい。
本当に素晴らしいものを手に入れた。
先日聞いた娘の出生は中々に壮絶なものだった。
物の価値というのが分からん者は、何とも無駄な使い方をする。
初めはその場に溜まったミスのを吸着させるのに使い、次は患ったミスを転移させるのに使い、三番目は魔晶石を発掘するために使ったのだろう。
三番目が一番雑な使い方だ。
そんなことをシーモアは思った。
何にせよ、お陰で今はこの魔力が私の手元にある。
私と同等程度の魔力量。育て方によってはそれ以上になる。
長年待ち望んでいたものが揃ったのだ。
シーモアの口元は自然と緩んだ。
「さて、ではさっそく年齢を視よう」
シーモアは頭頂部のミスが消失した部分に魔力を流す。直径一センチほどしかない地肌だが指一本触れられれば問題なかった。
*
「木にある年輪のような物だ」
緊張のためか、ずっと瞬きを繰り返すブナに対しヨウムは説明した。
「魔力を持つ者は、年齢によって体内に魔力の層が出来ていく。それを視れば正しい年齢が分かる」
とはいえ、誰にでも簡単に出来ることではない。
ブナの莫大な魔力量を貫いて視るには、やはり莫大な魔力量が必要になる。
腹の底の見えない、掴みどころない老人だが、その魔力量と技術、知識は学園の長たるものに相応しい。
『いくつなら理想的だと思うかね?』
先程、ブナが起きる前にシーモアがヨウムに聞いてきた内容だ。
シーモアはブナを学園に通わせることが前提にある。
『学園の在学可能年齢は十五歳から二十歳までの期間のみ。
高等部を卒業までさせるならば、十八歳までに中等部に入らなければなりません。
その前に読み書き計算などの基礎教育を学ばせないといけませんから、十七歳以上では準備が間に合わないでしょうね』
そんなやりとりをしていた。
学園の入学試験は、基礎教育はもちろん、魔導学からも出題される。
そんなに簡単な試験ではない。
準備なしに通えるような所ではないのだ。
ブナの記憶通りなら十四歳だが、まともな教育を受けていないものが、時間の経過をきちんと把握できていたかは分からない。
「どうです?」
一応聞いてみたがシーモアは相変わらず笑みを絶やさない。
期待通りだったのだろう。
十五歳か、十四歳か……。
*
「おめでとう。君は本当に運がよい。一四歳だ。時間もある。」
実際に幸運なのは自分の方かもしれない。
シーモアはそう思った。
「自己紹介がまだだったな。私はシーモア・シーラン。魔術古語魔導アカデミーの学長を務めておる。
そして、ブナ君。君は十八歳までにそのアカデミーの基礎中等部に入学するように。
それまでは我が校の教師でもある、そこのヨウム先生のもとで勉学に励み、心身を鍛え、我が校に相応しい品格を身につけなさい」
名指しされたヨウムは半分閉じていた瞼を更に細める。
ブナの手前、明け透けに不満げな表情は出さない。
驚いている様子はなく、シーモアの理不尽で面倒な要求も覚悟はしていたのだと分かる。
まったくもって便利な男である。
「アカ……デミ。分かりません」
「学校のことだ」
ヨウムが説明する。
「お金……ない、です。学校は、高級品……」
「優秀な成績を納めなさい。そうすれば学費は免除になる」
シーモアがブナに言う。
「よく勉強し、よい結果を出せば、お金はいらない。そういう事だ」
ヨウムが付け足した。
「学校……高級品。お金、いらない。分からない。です。どうして……主人は……」
「主人じゃない」
ヨウムは強めに否定した。
「単なる学長だ。学校で一番決定権があるが、誰よりも責任を取らなくはいけない立場にある。それだけだ」
シーモアはヨウムの失礼な物言いは気にしない。
ヨウムはシーモアの無茶な要望も受け入れ、期待通りによく働くが、その分、物怖じせず、時には憎まれ口も叩いてくる。
ブナは一つ頷き尋ねる。
「学長は、どうして、私を助ける。ですか? 得が……ない。どうして」
ブナは対価がないことに戸惑っている。
「ほほほ。なあに。有望な若いものは、須らく大事に育ててやりたいという、生い先短い老人の老婆心だよ」
髭に触れながらシーモアは笑った。
「ではブナ君よ。身体を治しつつ、これより勉学に励むように。
詳しいことは全てヨウム先生から聞きなさい」
そう言ってシーモアは仕事があるからと早々に帰っていった。
もっとも知りたかったことは分かった。
もっとも伝えるべきことも伝えた。
シーモアは十分満足したのだ。
*
「学校……」
一人取り残された部屋で、ベッドに横たわりながらブナは呟く。
無理して起こしていた身体が楽になる。
「嫌なら断ってもいいんだぞ」
シーモアを玄関先まで見送ったヨウムが戻ってきて声をかける。
「学校……行きたい、です。妹、弟、学校行く。私、行く。同じ……」
「そうか。まあ、学園に通うことは、君の力になる。それは確かだ」
ブナには学校の詳しいことは分からない。
兄弟が通うことになったであろう一般の子ども向けの学校と、魔導学の専門機関であるアカデミーの差など分からない。
ただ、自分が売られれば学校に行けると喜んでいた妹弟を思い出す。
とても嬉しそうだった――
その学校というものに自分も行くことができるなら、それはとても嬉しいことだと、そう思った。




