第60話 実りの秋
店員たちはたいそう楽しそうにしている。
拍手をしたり、感嘆の溜息をついたりしながら、ブナに服を当てては褒め讃える。
さすが店員だ。客を乗せるのが上手だ。
ブナはそんなことを思いながら試着をする。
一方、ブナは楽しむどころではない。
どれも恐ろしい値段の洋服だ。細心の注意を払いながら脱ぎ着をする。
試着すると、なぜか髪型まで店員にいじられる。
アクセサリーまで変えようとするものだから、リボンは外さないでくれとブナは断った。
鏡に映し出される全身コーディネートされた自分は、我ながら悪くなかった。
様になっているように見える。くたびれた丈の合わない服を着ていた自分が恥ずかしくなるほどだ。
「……どこかの貴族のお嬢さんみたいだ」
ブナは思わず、ぼそりと呟く。
ヨウムは意外に楽しそうにブナを見ている。
「どうですか? こちらは十六歳の女性らしい、やわらかい色合いでまとめています。同じデザインのケープでも黒とキャメル色ですと印象が変わりますよね。
キャメル色のケープの下から見える白いワンピースがエレガントです。
お嬢様の繊細な品の良さに合いますね。腰にケープの一部をきっちりしたベルトでまとめることで、より女性らしさを演出できますよ」
「ああ。やっぱり、可愛いですね。お嬢様の綺麗なお顔立ちとスタイルの良さも映えますね。白いワンピースであれば、赤のケープの方もお似合いになると思いますよ。赤いケープは刺繍の色も華やかですよ」
「こちらの紺のワンピースは一見シンプルで控えめですが、スカートにレースを重ねているので、とても上品かつ優雅な一品ですね。ワンピースがシンプルなので、あえて黒地に黒の刺繍のケープが粋だと思いますよ。ボタンはせず、前を開けて着こなすのが素敵だと思います」
「いいですね。シンプルなデザインな分、お嬢様の良さが表に出ますね。
御髪の色や目の色、肌の透明感が引き立ちますね。すごく綺麗です」
「どれにいたしましょうか?」
ニコニコと店員たちが聞いてくる。
「恐ろしい値段なのですが……」
ブナはヨウムに小声で囁く。
「値段のことは気にしなくていい。学園に請求するから」
「……それにしたって、法外な値段です。怒られますよ」
「大丈夫だ。君にかかる費用なら食費でも何でも全て落ちるから。好きなのを選んだらいい」
ヨウムは笑って答える。
「お嬢様はどちらがお気に召しましたか?」
「……着回しがきくのはどれでしょう?」
「コーディネートを楽しめるものでしたら最初のものでしょうか」
「いえ。コーディネートとかではなく……」
「最後のものにしましょうか」
ブナが店員に説明するより先にヨウムが遮った。
なるほど。汎用的に何度も使いたいという発言は、この店では相応しくないのか……。
ブナは小さく頷き、「最後の紺のワンピースと黒のケープにします」と店員に伝えた。
「かしこまりました。今お包みいたしますね。従者の方はこちらに、お嬢様はしばらくお寛ぎください」
その発言を聞き、ブナは反射的に訂正する。
「いえ。従者じゃないです。ヨウム先生は先生です。荷物なら自分のものですから自分で持ちます」
「え?」
店員があっけにとられる。
「すみません。私は少しですが魔術の心得があり、恐れながらお嬢様にご指導させて頂くことがあるものですから」
ヨウムがすかさず訳のわからない説明を足す。
「え。ああ。そうなんですね。それで先生と……。お嬢様は立派なお心をお持ちなのですね」
ブナはむっとしたが、目が合ったヨウムの表情が「黙っていろ」と物語っていたため、何も言えなかった。
*
「まだ怒っているのか?」
ヨウムは少し呆れながらブナに声を掛ける。
ブナはいつもより大股で力強く歩いていた。手に持った高級ブランド店の紙袋が、その勢いで大きく揺れている。
「だって! 失礼です。何でヨウム先生が従者なんですか」
声の高さや音量はいつも通りだが、心なしか少し早口だ。
「仕方がないだろう。こんな身なりでは親族とも言えない」
「先生は先生でいいじゃないですか」
ブナは珍しく膨れっ面で抗議する。
「こんな身なりのものを教師に雇っているなんてことになったら品格を疑われて、まともに取り扱ってもらえなくなるんだ」
ブナは目を見開いて息を吸い込むと、吐き切るように言った。
「もう、高級ブランド店には行きません」
ヨウムは諦め、一言「分かった」とだけ返した。
まったく、なんで私のことでこんなにも怒るのか。
自分自身は気にもしていないというのに。
「だって、自分が敬愛している恩師を不当に扱われるのは哀切を感じます」
ヨウムの表情を読んだのか、ブナはしおらしく伝えてきた。
随分と慕われたものだ。
ヨウムは驚きながらも「随分と語彙力が増したな」と、別の驚きを口にする。
「……馬鹿にしていますか?」
「していない。純粋に感動している」
ブナは眉間に皺を寄せ細目になる。
先程まで無表情のまま淡々と質の良い服を着こなしていた淑女の面影はまったくない。
ブナは怒ったり、しょげたり、むくれたりと感情の動きは早いのに、その感情に伴う反応の、控えめな表現がどれもかわいらしいとヨウムは思う。
ヨウムはつい、ブナの反応におかしくなり、笑いながら「菓子は美味しかったか?」と聞く。
ブナの顔はぱっと明るくなる。
「美味しかったです! あの四角い、透明なカラフルな果物の味のお菓子は何て名前でしょうか」
「パート・ド・フリュイだ。せっかくだし、買って帰ろうか」
ブナは目を丸くして驚く。
「良いんですか? そんな贅沢して」
「明日、それを持って山まで散歩に行こう」
「良いですね。経費は学園に請求しましょう」
ヨウムは苦笑いをする。
変なことを教えてしまったな。




