第58話 九月のお誘い
ブナが雪が降る寒さの中で、後悔するのは半年後の話。
今はまだ二人、爽やかな秋風を感じていた。
*
「ヨウム君。少しいいかな?」
教員室でヨウムは、目の前の学長に呼び出される。教員室ではなく学長室に来い、ということだ。教員室の教師たちは表立って騒ぎ立てたりはしないが、皆、ヨウムを訝しげな目で見たり、憐れんだ目を向けたりする。
シーモアの後に続いて広々とした学長室に入るやいなや、ヨウムは確認する。
「クレームですか?」
この部屋に自分が呼び出される理由は、だいたい二つだ。
「いいや。違うよ」
「ブナが何か?」
「うん。それなんだけどね。初等部の見学とかどう? 私が案内するよ」
「学長直々にですか? 目立ちますよ」
「まあね。でも他に任せられないからね」
確かにその通りだ。
ブナのことを知っているのは、責任者のシーモア、担当を任されたヨウム、そしてサポートのマーサだけだ。
ライは生存者を救助したことしか聞かされていない。その後はしかるべき施設に預けられたと思っているだろう。
「今、初等部を見学する意図は何でしょうか?」
「ん? 春から入学するにせよ、今すぐ編入するにせよ、一度は見学しておいたほうがブナ君にとってもいいでしょ?」
編入と言葉が出た以上、学長はすぐにでもブナを初等部に通わせたいのだと分かる。
「本人は来年、初等部で勉強することを望んでいます。私もそれが良いと思っています」
「もちろんだとも。本人の希望が一番だ。
ただ、そろそろ友達を作って、様々な人間関係を築いていくのも大切だと思わないかい?」
もっともな意見だった。
ヨウムもそこを懸念していた。
ブナは街へ買い物に行くし、図書館にも行く。店の主人や図書館員と世間話をしていることもあるようだが、親しい人間がヨウムとマーサだけというのは、いささかどうかと思っていた。
同年代の友達を作り、そこで良い人間関係を育むことは大事だ。
「分かりました。見学の件は伝えておきます」
「うん。じゃあ、来週待ってるね。大丈夫。あの子、黙っていればちゃんと貴族令嬢に見えるから。皆、接待だと思ってくれるよ」
*
「眼鏡……かけてる」
学生の課題に目を通していると、珍しい光景にブナが驚いて声をかけてきた。
「ああ。術式のレポートを確認する際は時々する。
魔力が強い子たちだから、意図せず術式を書いている際に魔力を載せてしまう子がいるんだ。別にどうという問題はないんだが、魔力の残滓を直で見続けると目が疲れるんだ」
「そう……なのですか」
ブナはクッションを抱えて側に座り、じっとヨウムを見つめている。
視線が痛い……
「……似合わないだろ」
「似合っていますよ。おじいちゃんみたいです」
ブナは目を細めて笑顔で言う。
「私は二十一歳だが……」
「存じ上げています」
ブナは小さく頷くと膝にクッションを抱え、そのクッションに頭を埋めながら、またヨウムを見つめる。
視線が痛い。
ヨウムは耐えられなくなり、眼鏡を外して違う話をブナに振る。
「学校を一度見てみたいと思うか?
学長が初等部を案内してくれるそうだ。興味があるなら中等部も一緒に案内すると言っている」
「……中等部も見学できるのですか?」
「そうだな。入学の時期などはブナの希望通りにすると……言ってはいる」
言ってはいるが、学長の言葉はいまいち信用ができないと、ヨウムはつい警戒してしまう。
ブナも学長の申し出なら断るかもしれない。
「見学、してみたいです」
「するのか?」
「ダメですか?」
「いや。意外だっただけだ。いずれ通うことになる所だ。見ておくに越したことはない」
ブナはまた小さく頷き、顔を赤らめながらまたクッションに顔を埋めた。
「楽しみです」
「そう……か」
ブナの意外な反応にヨウムは戸惑った。
翌朝。
ヨウムは朝食を食べながら思い出した。
「しまった。服がないな」
「お洋服ですか?」
「学校に見学に行く際の服だな」
「……これではダメですか」
「ズボンはダメだ。それ以前にそんなくたびれた、丈の合っていない服なんて問題外だ」
「くたびれた……。みすぼらしかった、ですか」
ブナは寂しそうに自分の着ている服を見直す。
「次の休日は服を買いに行こう」
分かりました、とブナは頷く。
食後のコーヒーを飲みながらヨウムは再び思い出した。
「しまった。服がない」
「……はい。なので、買いに行くと」
割合としてはほぼ牛乳のカフェオレを飲みながらブナが答える。
「買いに行くための服がないんだ」
「買いに行くだけなのに……これでは、ダメなんですか」
ブナはしょんぼりする。
「ダメなんだ。行ってみれば分かる」
*
ヨウムはとある部屋の前で頭を抱えていた。
ダメだ、他に思いつかない。
絶対に嫌だが……確実ではある。
意を決して養護室の扉を叩く。
「はーい。勝手に入って――」
中の住人のあっけらかんとした声に従い、ヨウムは中に入る。
「うげ。何。何の用よ、こんなとこまで」
ブレンナは、本来なら気分が悪くなった学生のために備えられたベッドに座り、ファッション誌を広げてペディキュアをしていた。
よりによって短いスカートをはいているため、随分足が露出して見える。
「ブレンナ」
ヨウムは溜息をつきたくなるのを堪えて、用件だけを伝えることにした。
「身長百七一センチメートル、女性用のシックできれい目なワンピースが売っている店を教えてくれ」
「は? ……着るの? ヨウム君が?」
「そんなわけがないだろう」
ヨウムは吐き捨てるように言う。
「そうよね。身長が合わないもんね」
「身長が合っていても着ない」
「あー。そう……」
しばらく部屋がしんと静まり返る。
「……嘘でしょ!?
プレゼント!? ドン引きなんですけど。
相手の子が可哀想だからやめてあげて。ってゆーか、その子がショックでミスとか患ったら困るから絶対やめて。
私の仕事増やすのやめて。嫌がらせなの!?」
「そんなわけないだろう。ミスも患わない」
再び部屋が静かになる。
「……嘘でしょう? プレゼントは本当なの!?」
「違う。そういうのじゃない。その……知り合いの子が市井の子で、ノビリスの店に通える服を探しているんだが、どこで買っていいか悩んでいるんだ」
「あー。そう。へー」
ブレンナは途端につまらなそうな表情をし、養護室の奥のロッカーから何やらシワが寄った紙袋を持ってきた。
「これ。むかーしの男からのもらい物なんだけど、私の趣味じゃないし、丈も長いし、清純すぎて可愛くないからその子にあげるわ」
「……ありがとう。貸してもらう」
「何よ、その間は。あと、あげるってば。処分し忘れてたやつだから。捨てといて」




