第55話 乙女心と積乱雲と雷と
「ヨウム先生は……どの髪型がかわいいと思いましたか?」
隣で皿を洗っていたブナが、突然脈絡もなく聞いてくる。俯いている顔は少し赤らんで、どことなくしおらしくしている。
何だその質問は。何だその表情は。
ヨウムにはブナの突然の質問の意図が理解できない。
確かにここ数週間、毎日のように雑誌を見ながら、いつも違う髪型をしていた。女性の髪型はそんなにもバリエーションがあったのかと感心したものだ。
感心はした……が。
「別に髪型に好きとか嫌いとかないな。
正直、なぜあんなに髪型の種類が豊富なのかも、女性が毎日髪飾りを変えたり、髪型を変えたりする意味もわからない。
しかも全然似合ってもいない場合もあるのに」
ヨウムは一ヶ月ほど前のクレームの記憶を思い出しながら、苦々しく答える。
「そうですか」
ブナはそれ以上何も言わずに静かに皿を洗い、さっさと部屋に戻って行った。
何か……間違ったのだろうか。
*
ヨウムは学園の教員室で、昨夜のブナの様子を思い出していた。
別にブナがすぐに部屋に戻り本を読み耽ったり、標本に夢中になったりするのはいつものことだ。
ただ、昨日のそれとは違う気がした。今朝に限っては、ついに髪を結うのを止めていた。
「学長。報告書〜」
「ああ、ブレンナ君。ありがとう。
おや、今日は髪を結っているの。かわいいね、似合っているよ。ポニーテールは爽やかで夏らしいよね。
そのバレッタも素敵だね。彼からのプレゼントかな」
教員室にあるヨウムの机は、学長席の目の前にある。
プレッシャーがかかる席を好んで座る者はおらず、自動的に四年前から新参者のヨウムの席となった。
普段なら振り向きもしない二人の会話だが、ヨウムはつい「髪型」という単語に釣られて、二人のやり取りに目を向けてしまう。
「レオにもらったの。かわいいでしょ」
目が合ったのが悪かった。ブレンナはすぐさまヨウムに話を振ってくる。
見るとブレンナは七宝焼きの派手な色合いの、湾曲したバレッタをしていた。派手だが、華やかな彼女の顔や服とよく合っている。バレッタだけ浮いたりしていない。
さらっとああいうプレゼントができるのだからすごいと、ヨウムはリオネルに対し心底感心した。
「さすがリオネルだな」
「なんでレオなのよ」
「リオネルがくれたんだろ?」
「身につけているのは私だけど?」
「見れば分かる」
「相変わらず腹立つわね。いい?
リオネルは私に似合うからって何も考えずに買ってきたけど、カーブバレッタなの、カーブ! 分かる!? わっかんないでしょ。しかも色も派手目なの!
だからヨウム君はダメなのよっ」
全然分からなかった。
ヨウムには突然怒り出した目の前の女性の気持ちがさっぱり理解できない。
見かねた好々爺が助け舟を出す。
「ブレンナ君はいつも髪をおろしているからね。カーブバレッタはあまり使わないよね。だけどリオネル君がくれた物だから、あえてポニーテールにして使っているんだね。
今日のワンピースの花柄の色は、バレッタの差し色に合わせたのかな」
「そう! そうですよ。男は好き勝手贈ってきますけど、それをより可愛く日々アレンジして身につけているんですよ、こっちは。
自分も可愛く、かつ、プレゼントも引き立つようにっ!」
「いやあ、本当にね。私ね、もよく妻に、こんなの使いにくいって怒られちゃうんだよね。
でもあげた方としては使ってほしいじゃない。それで今度は合わせる服がほしいって、さらにおねだりされちゃうんだけどさ、お洒落して可愛く身につけてくれるんだから、ありがたいよね」
「なるほど! 工夫していたのか。
プレゼントがより引き立つように――それで日々アレンジしているのか」
ヨウムは雷に打たれたような衝撃を受けた。
「そうよ。分かった? だから可愛く身につけてあげている私が偉いのよ」
「なるほど、よく分かった」
ヨウムはがっくりと肩を落とし、両肘を机に置いて顔を覆う。
「すまなかった。それなのに意味がわからないとか、似合っていないとか……
試行錯誤している人に対してなんて失礼なことを。
あまりに浅慮で、配慮が欠けていた自分自身が情けない」
「いや……別に私、そこまで言われてなかったけど」




