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第54話 贈られてきたもの

帰り道、ブナは店主の言葉を思い出していた。


『勇気をもらったんだよ』


同じ……だ。

私がもらってきたものだ。


食事、住まい、技術、知識、行儀、安心安全。

十分すぎる。

そなのに――それだけじゃなかった。


自分でやってみたい。

自分にもできる。

自分で変えていける。


今、確かにそう思える。


たとえ何かを成せる力があっても。

たとえ何かを成したい願いがあっても……


自分には出来る、自分でやってみよう

そうやって

一歩、踏み出せなければ歩けない。


そうだ。

歩こうとする勇気がなければ、人の持つ力も、願いも、宝の持ち腐れなんだ。


自分は運がいい。

母神のような人に救われた。道標《みちしるべ》のようだ。


『困らないな』


ずっと気になっていたヨウムの言葉をブナは思い出す。

今に満足していると言っていた。それでも、仕事を失っても一人になっても困らないという。


『新しい生活をすればいいだけだ』


力強い言葉だ。


周りに翻弄され、周りの求めるものに合わせればいいと投げやりに諦めていた自分とは、根本が違う。


どこに行っても、誰がいなくなっても、

彼は彼として自分の人生を生きる覚悟があるのだ。


実際、ヨウムは失ってきた。

家族を失い、人に疎まれ、ミスが定着した容姿はもう元に戻らない。

それでもヨウムはヨウムであり続けた。


自分の人生の舵を自分自身で取り、その選択と責任を完全に引き受けている。


学びたい。


多くのことを学びたい。


私はあの人のように生きたい。


ブナは強く拳を握りしめた。


赤みを帯びた金の瞳には、しっかりと未来を見つめた焔のような力が確かに灯った。


*


早朝。

ヨウムが日課のマラソンから戻ってくると、ブナが居間でファッション誌を広げて慣れない手つきで髪を結っていた。


なんてことだ。女の子になっている。


ヨウムは思わず手で口を覆う。


先日まで癖毛なんて気にしてなかったじゃないか。ファッション誌なんて手に取ったことさえなかったじゃないか。


ブナは手鏡を覗き込みながら、リボンの左右差が気になるのか、結んだり解いたりしている。


丈の合っていない袖の短い服とか、気にせず着ていたのに……


すごい。ちゃんと女の子だ。

つい先日まで、先の折れた箸を髪留めにしていた少女とは思えない。


『淑女は淑女として扱われるから淑女になるのです』と、ヨウムを叱ったマーサの言葉を思い出して感動する。

『アクセサリーを買い与えろ』と言ったシーモアの言葉の意図が分かった。


ヨウムは小さく拳を握り、心の中でガッツポーズをした。


なんとかブナがリボンを結い終わったところで、声をかける。


「今度、服とかも買いに行ってみるか?」

「行かないです。もったいないです。事足りています。ご遠慮いたします」


真顔で即答された――

そうか。それとこれとは違うのか。


ブナの気持ちを変えられるような気の利いた返しも見つからないので、ヨウムは早々に撤退する。


*


「野菜が……できてる」


久しぶりに庭に出たヨウムは、庭の一画にいつの間にかトマト、ピーマン、ズッキーニ、かぼちゃなどが犇《ひし》めいて育っているのを確認する。

春は実が成っていなかったため、全く気が付かなかったが、よくよく見ると青菜、葱、レタス、じゃがいもらしきものまで所狭しと育っている。


「ブナ、野菜だ。野菜ができている」


ヨウムは側にいるブナに声をかける。


「はい。豊作です。ヨウム先生の虫除薬のおかげで、虫に食べられずにたくさん育ちました!」


ブナは満足げに言う。


「いつの間に。どこで種とか苗とか買ってきたんだ?」


この街にある花屋はどこも、切り花や鉢植えなど観賞用の花はよく見かけるが、野菜の種や苗などは見たことがなかった。


「ハーブ類もあるなら教えてもらいたい」


ブナは首を傾げる。


「苗とか種とか、買わないですよ?」

「……この家にはもともと野菜は育ってなかったが?」

「はい。なので育てました。食べ物は大事です」


ブナが首肯する。


「これです」


ブナは縁側の端に、水耕栽培されている葉をヨウムに見せる。


「さつま芋です。もうちょっと大きくなったら、蔓を土に植えます」


見ると確かに芋の頭から蔓が伸びている。


「頭が……切られているが」


「残りは美味しく頂きましたから。ここにある野菜たちは皆、料理した後に残されたものか、傷んでしまったものですね」


「……廃棄物だったのか」

「すぐに捨てるのは勿体ないですよ」


「こんなに育つのか……」

「あの薬はよく効きます。さすがヨウム先生です」


ブナはヨウムを賞賛する。


「いやいやいや。冗談だろ!?

虫除薬よりよっぽどすごいじゃないか。野菜のくずからこんなに野菜が育つとか、すごくないか?」


ヨウムはキャンプ用に虫除けの薬草を勉強していただけで、台所で料理感覚で煮出しているだけだ。


「ブナのほうがよっぽどすごいだろ」


ヨウムは豪快に笑い出す。


「こんな面白い光景が自宅の庭で起こるとは思わなかった。私は野菜は買うものだと思っていた」


笑われたブナは、顔を真っ赤にして放心してヨウムを見ている。


「ああ。すまない。別に馬鹿にしているわけではなくて……」


ヨウムは大笑いしてしまったことを弁明しようとする。すると。


「誕生日! ヨウム先生の誕生日を聞いてませんでした!」


野菜の話からどう思考が飛んだのか分からないが、突然ブナが叫んだ。


「ああ。私の誕生日は三月だが」


「仕込みましょう。今から仕込みましょう」


「何をするつもりだ?」


今は夏だ。春など先の話だ。

何をすることがあるというのだろう。


「兎を飼いましょう。鶏と鶉《うずら》もいいですね」


「……申し訳ないが、私は精肉店で買ってくる肉が好きだ」


「……そうですか。残念です」


「あと、動物を飼うのは好きじゃない」


ヨウムは釘を刺した。


ヨウムは動物が好きな方だ。自分の庭で育てられた小動物なんて愛着がすぐに湧いてしまう。

自分の誕生日に食べなくてはいけないなんて、拷問以外の何物でもない。


買った肉と言ったので、これでさすがに山へ狩猟に行くこともないはずだ。

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