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第52話 芒色と青鈍

「ケーキ……」


食後に出されたケーキを見つめてブナはそっと呟き、急に大人しくなる。

盛大に祝うとかえって遠慮しそうだと思い、ろうそくもチョコレートのプレートもなく、果物がたくさんあしらわれたケーキをヨウムは選んだ。


「食べようか」


ヨウムは身動き一つしないブナに声を掛けて促す。


「えっと、これは」

「誕生日のお祝いだ。ありきたりですまないが」

「お誕生日の……ケーキ」


ブナはしばしケーキを見つめる。

随分たってからようやく震える指先でフォークを取り、一口、また一口と食べ始めた。


半分も食べ進まぬうちにブナはフォークを置いて俯くと、込み上げる感情を押し殺すように両手で顔を覆った。

肩が少し小刻みに震えているので、静かに声を殺して泣いているのが分かる。


しばらくそっとしておこう。


ヨウムは自分の分を先に食べ終えると、長椅子に座り、難しくない本を選んで、ブナを目の端で見守る。

ブナは涙が止まらないらしく、そのまま顔を覆って机の上にうずくまっている。ケーキは半分残ったままだ。


ヨウムは部屋からリボンのかかった箱を持ってくると、ブナの側に静かに置いた。


「本当は、ケーキを食べた後に渡す予定だったんだが……」


ブナはようやく涙を拭い、顔を上げてヨウムを見つめる。

箱をブナの前まで滑らせると、ブナは何度も瞬きをしながら、恐る恐る慎重に箱のリボンを解いて蓋を開ける。


「ストームブルー」


ブナは箱の中に丁寧に納められていた青鈍《あおにび》色――ストームブルーのリボンを、細く長い指でガラス細工のようにそっと取り出し、明かりに掲げて弱々しく呟く。


「きれい」


「貸して」


ヨウムはブナからリボンを預かり、箱に一緒に入っていた櫛でブナの髪を束ね始める。編み込みの三つ編みを頭半分までし、そのまま一本結びにしてやる。


青鈍の重厚な色が、ブナの淡い芒色《すすきいろ》の髪にしっくりと似合っていた。

落ち着いた色合いが、ブナの繊細な気品を引き立てる。刺繍も装飾も施されていないシンプルな細めのシルクサテンのリボンは、ブナの質素な服装でも、なかなかに馴染んでいた。


「うん。いいじゃないか」


ヨウムはブナを鏡の横に座らせてやり、手鏡を渡す。


「かわいい……です」

「うん。かわいいな。よく似合ってる」

「ヨウム先生は、何でもできるんですね」


ブナは三つ編みの部分を指で丁寧になぞって、形を確認しながら驚いたように呟く。


「昔、妹によくやってたんだ」


リリーはよく、ヨウムに髪を束ねてくれと頼んできた。その度、今日はこの髪型がいいと細かく指定され、ねだられた。


ブナは少し俯きながら、鏡を覗きこんで顔を赤らめた。


見たことない反応だ。


「ありがとう、ございます。とても、すごく、嬉しい、です」


「うん。喜んでくれたならよかった」


「残りのケーキは、明日また頂きます。今日はもう、胸がいっぱいです」


ブナは潤んだ瞳と震える唇で静かに伝えた。


*


ヨウムの使う魔術はいつ見ても美しいとブナは思う。


とても緻密で繊細、なのに雄大で力強い。


「シルクは皺になりやすいし、陽射しにも水にも弱いから」と、ヨウムはリボンに保護魔法をかけた。展開されていく術式は煌めいている。


知っている煌めきだ。


木の葉が重なり合って光を通しながら揺れるような。

小川の水面が流れながら光を反射しているような。


「とても綺麗です」


ヨウムはブナが目で追えるようにあえてゆっくり術をかけている。

保護魔法なら、ブナにも使える。危険な時に瞬時に無意識でも発動させられるようにと、冬の間に徹底的に身体に染み込ませた。


「なぜ、術式が違うのですか?」


似ている。同じ部分も多い。だが、所々に違うところもある。不思議だ。


ヨウムは穏やかに笑って答える。


「ブナは活動している生命体で、リボン生地は物体だ。大きくはその違いだな。保護魔法は使用範囲が広く、内容が多岐にわたっているから、少し複雑なんだ。

保護魔法だけの専門書もあるくらいだから、勉強してみるといい。分類と術式のパターンを覚えるだけで大変だと思う。ただパターンを覚えてしまえば応用がきく」


ヨウムは説明を始める。


「例えば、今、布地にかけた保護魔法とブナが怪我をしないために使う保護魔法は『強化』という分類だ。

それだけで強化魔法と呼ばれる場合もある。一番単純で分かりやすい。

一方、ケーキに保護魔法を使う場合は強化をするわけではない。

細菌の繁殖から守り、品質の変化を防ぎたい。だから、同じ保護魔法に分類されているものの、使う術式は全く異なる」


ブナは頷く。


「ただ、それぞれに対応する保護の術式パターンも数多あるにはあるが、ブナはもう冷却の術が使えるだろ?

わざわざ難しい保護魔法を使わなくても、冷やしておくだけで明日まで充分美味しく食べられる。別にすべてを保護魔法のような難しい術で対応する必要はなく、自分が使える術で、目的に合わせて対応すればいい」


ヨウムの説明は丁寧で分かりやすく――そして長い。

おそらく説明している間に楽しくなるのだろう。意気揚々と嬉しそうに話す。

ブナも興味があるとどんどん質問をするため、魔術談義は毎回長くなってしまう。


魔術だけでなく、自然のこと、社会の仕組みのこと、学問のこと。

ヨウムは博識なため、ブナが興味を持てばなんであれ談義に花が咲く。

おかげでブナにとって勉強は苦になることではなく、楽しく思えるものだった。

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