第51話 誕生日祝いと青鈍
「誕生日祝いに、何か、欲しいものとかないか?」
ヨウムはカレンダーの日付を確認すると、ブナに尋ねる。だが、肝心のブナは質問の意味が分からないというような反応をしている。
「何の話ですか?」
「君の誕生日が近いだろ。そのお祝いだ」
ブナは首を傾げる。
「ああ、たぬきおじいちゃんからの賄賂ですか。頂かなくてもしっかり勉強するので安心して下さいとお伝えください。正直、たぬきおじいちゃんからプレゼントなんて、後が怖いです」
ブナは目を細めて身震いをする。
先日、シーモアが訪問してからブナはすっかり警戒している。ヨウムは思わず苦笑いをする。
「誕生日プレゼントは、私からだ。何か欲しいものとかないだろうか」
「ないです」
「即答だな……」
「ご飯と住む所と、勉強と、安心安全を頂いております。これ以上望むものはありません。それ以上を頂こうなんて畏れ多いことです」
ブナは真剣な面持ちで丁重に断ってきた。
「そうか」
「そうです」
ブナはそう答えると、また黙々と本を読み進める。
「うーん。……誕生日を祝いたいのは私なんだ」
予想だにしないブナの返答に、ヨウムは本気で困っていた。
ヨウムの言葉にブナが本から目を離し、ヨウムの瞳を見つめる。
「私が、ブナの誕生日を祝いたい。
私が、プレゼントを贈りたいんだ」
「分かりません。なぜ私の誕生日をヨウム先生がお祝いするんですか? 何の利点があるのでしょう?」
「君が喜んでくれたら私も嬉しい。あと、感謝だろうか」
「感謝?」
「君の存在そのもの。それに成長に対して、ありがたいと思う。あと、願いという感情もある」
「願い?」
「健やかに、人に恵まれ、幸多い人生を歩んでほしい。
そういう気持ちがあるから、君の誕生日を祝えること自体が、私の幸せになるんだ」
ブナはしばらく静かに考えている。
「……そ……うなの、ですか」
ブナはすっかり小さくなって、そのまま俯いてしまった。握った拳が微かに震えている。
普通の子どもなら、誕生日を祝ってもらうのは当たり前で、当たり前に欲しい物を口にするだろう。
そんな経験がないから、どう受け止めていいか分からないのかもしれない。
無理強いするものでもないしな……
プレゼントはやめておいたほうがよさそうか。
ヨウムが諦めかけたところで、ブナはゆっくり口を開いた。
「ピ、ピアノ。ピアノを弾くのを、見たい……です」
「ピアノ……」
ヨウムは思わず鏡を見る。
悍ましい姿が映っている。子どものような小さい手と短い指、顔は血色が悪く、肌の色は墨を落としたような灰色。手は黒い斑点だらけ。
自分で見ても気色が悪い。何度見ても見慣れない。
「ピアノは、あまり、弾けないんだ。聞かせられるようなものでは……」
手も小さく、指が短いヨウムは実際、思うように鍵盤が届かなかったりスムーズに弾けなくて歯痒い思いをする。
だがそれ以上に、弾いている姿を誰にも見られたくなかった。
「すみません。この家にピアノがあったので、ヨウム先生が弾くのかと、てっきり勘違いしてしまいました」
ブナはそんなヨウムの心境を汲み取ったのか、微かな笑顔で言葉を付け足した。
「やっぱりお祝いは大丈夫です。日頃から十分頂いていますから」
「ピアノは、この家の前の主人の奥さんが使われていたんだ」
ブナの笑顔に苦しさを覚えたヨウムは、聞かれもしないのに、この家にピアノが置いてある理由を説明する。
ブナが希望を伝えたのに、つまらない引け目で跳ね退けてしまったことに、ヨウムの心が重たく沈む。
そしてヨウムはずっと考えていたことを口にする。
「その。……リボンとかどうだろうか」
髪飾りを買ってやらなかったことが、ずっと引っかかっていた。
密かにどんな物ならブナに合うか、ずっと気にしていた。装飾が派手なものは拒まれるだろう。
リボンなら、色や布地の質感、太さなどで、個人に合う物を選んでやれる。普段ブナが着ている簡素な無地の服にも合う、そう思った。
「リボン?」
「いや、例えばの話だから、別に他の髪飾りでも……。むしろ、別の物でも」
ブナの瞬きが急に増え、両手を握ったり開いたりしている。
口を開いてはまた閉じ、何度も言葉を飲み込んでいる。
「何か、欲しいものが?」
「あ……。た、例えば、色の指定とか、できたり、するのでしょうか。好きな……色が、あって」
「ああ」
ヨウムは納得した。
色鉛筆を好んで、図鑑で色の名前を覚えていた子だ。
「もちろんだ。何の色がいい?」
ブナの瞳が煌めいて揺れる。ブナは自室から足早に色図鑑を持ってきた。
「これ」と指差す。
「……地味、だな。なんか若い女性が身につけるなら、もっと鮮やかな色とか、淡い色とか……」
ブナは小さく首を振る。
「私の、一番好きな色です。この色でなければ、特にいらないです」
「青鈍。少し青みがかった緑がかった鉛色……」
ヨウムは説明を読む。
「ストームブルーとも言われます。嵐の海の色だそうです」
……物騒な色だな。
口に出そうになるのをヨウムは堪える。女性のファッションに口を出してはいけない。シーモアの言葉を反芻する。
「本当にこの色がいいのか?」
ブナは一つ小さく頷く。
「やはり、ダメでしょうか?」
「いや。一番好きな色なんだろ。これにしよう」
ヨウムはようやく安心して口角を緩めた。




