第50話 送り梅雨と髪飾り
ヨウムは学長室に呼び出されていた。
「ヨウム君……」
「はあ。すみません」
「まだ何も言ってないけど?」
「売店からですよね。クレーム」
「そうだね。君が居座るから学生が気味悪がって入れなかったと。
何してたの? しかも女性用のお化粧コーナーにいたらしいじゃない」
「う……その。髪留めを……」
「髪留め……。もしかしてブナ君の?」
「すみません。本当に意味がわからなくて。色も長さも細さも違っていて。生徒たちの授業が終わる前に買う予定だったんですが、いったいどれを買ったらいいのか分からず……」
「なるほど。悩んでいるうちに売店に入れない女生徒が溢れてしまったと」
「申し訳ありませんでした」
ヨウムは瞼を半分以上、重く閉じる。
「そう。で、結局どんなのを買ったの?」
「黒の、一番単純な作りの綿紐で、大は小を兼ねるかと思い、一番長くて太いものを」
シーモアは哀れんだ、悲しい目をヨウムに向ける。
「残念な男だ、ヨウム君。君のそういう所が本当にダメなんだ」
「すみません。次回からは学園の売店は使わず街で買い物をします」
「ヨウム君、私が言ったのはヘアアクセサリーだよ、アクセサリー。
キラキラしてるものやヒラヒラしてるものが女性は好きでしょ? そういうのを買ってあげなさいと言ったんだ」
シーモアは深い溜息をついた。
*
夜。
ハッと目を覚ましたブナは荒い呼吸をする。
背中にも額にもじっとりした汗をかいていた。心臓がバクバクと高鳴っている。手が震える。
怖い
今しがた見た夢の内容に、ブナは怯えた。
怖い
ブナは居ても立ってもいられなくなり部屋を出る。
時計の針は十二時前だ。もしかしたら、まだ彼は起きているかもしれない。
ヨウムの部屋の扉からは灯りが漏れている。
すがるように扉をノックする。
「どうした」
扉を開けたヨウムの姿を見て、ブナは安心する。ただ、今度は別の焦りが出てくる。
「怖い夢を見て……。すみません」
夢如きで何を弱音を吐いているのだろう。
こんなつまらない理由で訪問するなんて、何を甘えているのだろう。
ブナは小さく首を振って、早々に立ち去ろうと決める。
「どんな夢だったんだ」
ヨウムは怪訝な態度を微塵も見せずに聞いてくる。その穏やかな態度に、ブナは再び安心する。
「私が幸せになったのを妬んで……何人かの人が、殺しにくるんです。……ヨウム先生を」
「……そうか。私をか。それで」
「殺される前に殺さなくてはと、何人かは殺したのですが……最後のひとりは包丁がうまく刺さらなくて。
もっと力を入れて刺そうと必死になったところで、薄ら笑っている相手と目が合って、目が覚めました。
……すみません。とどめを刺し損ねました」
ブナは思い出してまた呼吸が荒くなる。
小刻みに震える自分の両手を見る。
「……なるほど。物騒な夢だな」
「抱きしめてもいいですか」
ブナは俯きながらヨウムの手に軽く触れて聞く。ハグは嫌だと以前断られている。
思えば、一度断られたことを再び聞くなど、過去にしたことがない。
口にしてしまったものの、覚えが悪いと罵られる気がして、背中が凍りつく。
しまった。失言だった。
ブナが自分の発言に後悔していたところ、ヨウムはブナの頭をヨウムの肩に乗せるような形で近くにそっと寄せ、頭を優しく撫でた。
「私は、自分の身くらい自分で守れるから、そんなに心配しなくて大丈夫だ」
「殺されたりしないですか?」
「多分、大丈夫だ」
「ちゃんと殺してくれますか?」
「警察沙汰は勘弁してほしい。正当防衛で現行犯逮捕くらいだ」
ヨウムらしい返答にブナは安心する。
「今も……たまに怖くなります。でも、今はもう逃げたいとは思いません」
「そうか」
落ち着く。安心する。ブナはヨウムに体重を預けながら、緊張していた筋肉が緩んでいくのを感じた。
「ブナ、腹は触らないでくれ」
「ブニブニしてます」
その一言で、ブナはヨウムから引っ剥がされた。ブナはなんだか楽しくなり、ヘラヘラと笑ってしまう。
「ヨウム先生はお花のいい香りがします」
「薬草だ。あと、配合は花より葉や樹木の方が多い」
そんなたわいもないやり取りが、とても幸せだとブナは思った。
*
「ヨウム君。クレーム。女生徒、複数人から」
「すみません。身に覚えがありません。もう売店には足を踏み入れてませんが」
学長室に呼び出された男は、無表情で淡々と答える。
「女生徒のヘアアクセサリーを凝視してるとか」
「ぐっ」
ヨウムは身に覚えがあったのか、顔を曇らせる。
「『なぜそんなに華美な装飾をしてるのか』と聞かれたとか。
『それは本当に似合っていると思っているのか』と詰問されたとか。
『なぜ毎日コロコロ装飾品を変える必要があるのか』と責められたとか。
女子のファッションに口出ししてくるなんて虫唾が走るとか。
風紀を乱してるその風貌で、風紀を語るなとか。
まあ、痛烈な批判が相次いでるんだが」
「あー……」
ヨウムは片手で顔を覆い、苦々しい声を出す。
「すみませんでした。身だしなみや風紀云々を指摘するとか、そのようなつもりは全くなく……。
その、明らかに制服や本人の顔立ちに似合ってもいない髪型や装飾品なのに、なぜあんなにも華美に飾り立てる必要があるのか、本当に不思議で尋ねてみたかっただけなんです」
「ヨウム君……。それはもう二度と女性の前で言わないようにね。女の子なんて、制服が同じだから髪型を可愛くしてお洒落を楽しみたいだけなんだから」
「似合ってもいないのに、それはお洒落と言えるんですかね」
ヨウムは悪意もなく、本当に不思議がっている。なまじ審美眼はあるくせに、乙女心というものを全く理解できないからタチが悪い。
「それ、ブレンナ君の前でも言わないでね。あの子すぐにクレームつけてくるからさ」
職員とはいえ、孫よりも若いブレンナは、シーモアにとって小娘だ。
「ブレンナはそこそこ自分に似合ってるものを選んでると思いますが」
「ああ、うん。そうじゃなくてね、君が女性のファッションを語ること自体が喧嘩の元だから」
ブレンナにとっては、ヨウムに対してふっかけられることがあれば、何だってふっかけたいのだ。
「分かりました。学校では女性のファッションに疑問を抱かないことにします」
「そうそう。男は深く気にせず褒めてあげるのが一番だよ」
世の中の資源は上手にうまく回してやるのが一番だと、シーモアは考えている。
本人たちがやる気になってパフォーマンスを発揮してくれるなら、おべっかのひとつくらい安いものだ。




