第49話 審査の後
「おかえりなさいませ」
シーモアは玄関先で出迎えた執事にローブを預ける。
「おや。少し皺がありますね。伸ばしましょうか」
「ああ。頼むよ」
「かしこまりました」
「ハリー。アイロンがけはどれくらいでできるかな?」
「お急ぎですか?」
「そうだね。急いでいたら何分でできるかな?」
「十分ほどお時間をいただければ」
「そうか。分かった。ありがとう」
「あらあら。おかえりなさいませ、旦那様。随分とご機嫌ですね」
「ああ、マーサ。ただいま。
とても楽しい一日だったよ。美味しいワインを飲みたい気分だな。何か持ってきてくれるかい?」
そう言うと、シーモアは広々としたリビングの一人がけソファにもたれかかった。
「さて、あの補助布は……本当に日常的に使っていたのか」
ブナの手にはめられていたグローブは、自分を欺くためのカモフラージュともとれた。
その割に、ブナの熱源のコントロールぶりにヨウムは本気で驚いていた。ヨウムが自分の生徒の力量を見誤るとも思えない。時計の話にしても鍵の話にしても、二人とも嘘はついている様子はなかった……。
だが、何か隠してはいるだろう。
能ある鷹は爪を隠す。
あれでいて、どうしてなかなか食えない男だ。
実際には、一体どこまで彼女は魔術を使えるようになったのか。冷却の話をしたら、彼女は本気で喜んでいた。本当にまだ教わっていないのだと分かる。
「どうぞ」
マーサはワインが入ったグラスとフロランタンが乗ったトレーをテーブルに置く。
「ああ、ありがとう」
「せっかくですから、お話を伺っても?」
「もちろんだとも」
世話好きのマーサは、自分がブナの手作り料理を食べに行くと聞き、彼女なりに気になっていたようだ。シーモアはワインを飲みながら、土産話をしてやることにした。
*
「どっと疲れました……」
「洗い物は済ませておくから、あとはゆっくりするといい」
「ありがとうございます。でも一緒にやるので、終わったら冷却を教えてください」
ヨウムは苦笑いをする。
「冷却は熱源よりもずっと回路が複雑なんだ。それだけ、学長に認められたということだな」
「そうなのですか」
「ただ、ブナなら術式だけ教えたら今すぐ、できると思うぞ」
「そんなわけないです。回路が複雑なんですよね?」
「複雑だな。でも鍵ほどでもない」
「でも、やったことない回路は、やはり慣れるまでに時間がかかります」
「実はやったことがあるんだ。これが」
ブナは目と口を大きく丸め、喜びと驚きが混ざった表情をする。
先ほどまでのシーモアに対応していた時のブナとは、雰囲気が全く違う。
やっぱり素直で愛嬌があって、かわいらしいじゃないか。
ヨウムは笑いながら種明かしをする。
「簡単だ。一ヶ月前からブナに渡している標本は、両方とも何のための標本なのか伝えていなかっただけだ。
二つのうち一つが冷却の標本だ。だから、展開する回路はすでにブナは身につけている」
ヨウムはブナの目の前に水の入ったコップを掲げると、ゆっくりとその水に対して冷却の術式を書いて展開していく。
コップの水には少しずつ氷の結晶が広がっていく。
ブナは隣で食い入るように見つめ「綺麗です」と呟く。
「やってみていいですか?」
ブナは見よう見まねでヨウムが書いた術式を描く。その後の展開は分かるようで、少しずつ術式を広げていく。しばらくすると、ブナは眉間に皺を寄せた。
「氷になりません」
「冷たくなってる」
「氷になっていません」
「慣れだな」
ヨウムは笑って答える。
「むう」
ブナはコップを恨めしそうに見つめている。
「これから冷やし甘酒が楽しめるじゃないか」
ヨウムの言葉に、ブナの顔にはパッとまた笑顔が戻る。変わる表情は豊かで、見ていて飽きない。
「もう一つの標本は何だったのですか?」
「魔力の転移だ」
「転移?」
「照明や洗濯機は、魔力が切れると動かなくなるだろう?」
ブナはポンと手をたたく。
「なるほど。自分の魔力を魔晶石に転移させて蓄積するための術式ですね」
「そういうことだ。早速、実際にやってみようか?」
ヨウムは以前リオネルからもらった魔晶石をブナに手渡した。




