第48話 七変化の花と箸
「素晴らしい。素晴らしい成長だ。
あれから一年と少し。よくここまで成長したものだ。どんな魔法を使ったのか。
これならすぐにでも中等部への入学もできるではないか」
シーモアは出されたチョコレートと紅茶を楽しみながら、上機嫌で話す。
「ご冗談でしょう。生活は最低限困らなくはなりましたが、まだまだ常識も知識もマナーも足りていません。ブナは来年の春に初等部に入学させるのが良いでしょう」
ヨウムは別室でシーモアのローブをアイロンがけしているブナを見ながら言った。
ローブはシルクと魔晶石の混紡生地で作られている。恐ろしく高価なものだ。
ヨウムの外套もそれなりに値の張るものだったが、シーモアのローブとは桁が違う。
ブナも緊張しながら、自分のハンカチを当て布として使い、ゆっくり低温で行っている。
少し、温度が低すぎるな。
あれでは皺が伸びないだろう。
それでも焦がすことを恐れて、あれ以上温度を上げたくないのだろうが。
チョコレートを食べきると、シーモアはまた立ち上がり、ブナの側まで行く。ヨウムも仕方なしに倣う。
今度はどんな難題を吹っかけるつもりなのか……
「いやあ。しかし、本当に見違えた。路地裏の孤児にしか見えなかった娘が、こんなに美しいお嬢さんに成長するとは。
しかし、こんなに見た目が良いと、奴隷の頃は夜の相手を強いられたりしたのではないかな」
シーモアはヨウムの見込み以上の悪態で毒づいた。
暴言を吐くことでブナの動揺を誘い、魔力のコントロールが乱れるのを狙っているのだと、ヨウムは理解していた。
しかし、内容が内容だ。
ヨウムは眉間に皺を寄せ、思い切りシーモアを睨みつける。
「私はミスを患い、常に真っ黒で人の形をしていませんでしたから。そういった対象になることはありませんでした」
ブナは静かに、手を休めずにアイロンがけをしている。温度が高くなったり、止まったりすることはない。
「ふむ。それはよかったねえ。ミスを患っていたことに感謝だねえ」
「……分かりません」
「ん? ミスを患っていたほうが良かったか、春を奪われたほうが良かったか。判断がつかないかな」
ブナは手を止めてシーモアを見据えて言う。
「奴隷になったこともなく、死ぬほどのミスを患ったこともなく、そのような境遇に置かれたこともなかった人が、
どうしてどっちのほうが良かったなどと簡単に判断できるのだろうかと。謎です」
そう言うと、また何事もなかったようにブナは淡々と作業に戻った。
アイロンの温度は、高くなることも下がることもなく、一定のままだった。
「――ふうむ。君の報告では素直で愛嬌のある、可愛らしいお嬢さんということだったが。
少し印象が違うね」
シーモアは再び居間で紅茶をすすっている。
「素直で愛嬌があって、かわいらしいですよ」
ヨウムはシーモアの発言に冷淡に返した。
「できました」
ブナは畳んだローブをシーモアに手渡す。
「うむ……三十分もかけた割には、あまり皺が伸びてないねえ」
「すみません。力不足です」
ブナは無表情のまま謝る。
「ヨウム君なら何分でやり直せる?」
「大事にされているものですし、丁寧にさせていただきたいので、五分ほどいただきたいですが。やり直しますか?」
「いや、いい。記念にこのまま着て帰ろう。
それより、ブナ君。君は、グローブはもう必要ないだろう。明日からグローブを取った状態で熱源を使うといい。
まあ、そんなことも分からないようなヨウム君ではないと思うが?」
シーモアはヨウムの様子を窺っている。
ヨウムは無表情のまま反応を示さない。
「それと、熱源のコントロールは素晴らしいから、次は冷却の術式でも習うといい」
新しい魔術の話に、ブナが興奮気味に反応する。
「冷却!」
「うんうん。冷却を覚えれば、これから夏場も冷たい料理が食べられるよ」
「はい! ぜひ教えていただきたいです」
ブナはシーモアが訪問してから初めて笑顔を見せる。
そのまま目を輝かせてヨウムの方を確認するので、ヨウムは「分かった」と一言、苦笑いして返答する。
「ところで、家の鍵を変えたね。随分と簡単になっていたが」
「そうですね。ブナに鍵を渡す都合上、変えました。以前の鍵の術式は魔織布に書ききれませんから」
「まあ、確かに以前のちまちました細かい術式では書込みなど無理だろうな。
ブナ君、鍵を見せてくれないか?」
ブナはポケットから別のグローブを取り出し、シーモアに手渡す。
「なるほど。術式の書込み量としては妥当なところか。
いやいや、今日は本当に楽しかった。ありがとう。特にブナ君。君の成長は目を見張るものがあった。ぜひとも来年の春には中等部に入学してほしいものだ」
「とんでもないです。こちらこそ、お越しいただきありがとうございました」
ブナは上手に形式的な受け答えをする。
「ヨウム君に任せてよかったよ」
ブナの成長を審査しに来たということは、同時にブナの担当としてヨウム自身もまた審査されていたということだ。
シーモアの一言から、ヨウムもまた合格基準に達したと分かる。
「これからも引き続きブナ君を頼むね」
シーモアの基準に達していなければ、おそらく学長自らがブナを引き取ることになっただろう。
「分かりました。それではまた」
ヨウムが玄関先まで送ろうとした矢先、「一つだけ難を言うなら」とシーモアが付け足す。
「ヨウム君、君は教師としては素晴らしいが……男としてはダメダメだな」
そう言って、ブナの髪留めを引き抜く。
ブナの束ねていた髪がさらりと落ちた。
「なんだね? これは」
「箸です」
「箸?」
ヨウムは意味が分からずブナに聞き返す。
「束ねるのにちょうどいいのでいただきました」
「先が折れている……」
「ヨウム先生が捨てるとおっしゃったのでいただきました。ちゃんとお断りしましたよ?折れているのは普段用、折れていないのは予備用でとってあります」
「えっと……箸は髪留めに使うものなのか?」
状況が飲み込めずにいるヨウムに対し、シーモアが呆れ顔をする。
「そんなわけないでしょう。何か代わりの物をきちんと用意してあげなさい」
溜息交じりに、シーモアがヨウムを諭す。
「……すみませんでした」




