第46話 審査の前
「ただいま」
「おかえりなさーい」
明かりのついた玄関を開けると、中から元気な声が聞こえてくる。夕飯のいい匂いがする。居間に入ると、ブナが改めて笑顔でおかえりなさいと迎える。
「ただいま」
もう一度そう答えると、自然と笑顔になる。ヨウムは鞄を部屋に置くこともせず、居間の奥の長椅子に寝そべった。
ブナはヨウムの珍しい行動を目で確認はするものの、特に話しかけたりはせず、静かに夕飯の支度をしている。
静かな部屋に、食器の音やブナの足音が響く。
落ち着く……。
生活音というのは、こんなに癒やされるものだったか。
「ご飯ができましたが、どうしますか?」
「十分後に食べよう」
そう言ってヨウムは目をつむり、シーモアの言葉を思い出していた。
さて、どうするか……。
一か月後と期間をとったのは「準備をしておけ」ということだ。
シーモアが望む「あらゆる料理」というのは、料理法によって術式を展開する技術を、どこまでブナが適切に会得できているかを知りたいということだ。
まいったな。どう対応するべきか。
ブナは優秀すぎるのだ。
正直、一週間後でも対応できるくらいの能力がブナにはある。
しかし、どうも真意が読めない学長の前に、全てのカードを見せるのは気が引ける。妥当なところでブナの才能は隠しておきたい。
だが、ブナにシーモアとの駆け引きなどできないだろう。
当事者であるブナを見ると、いつの間にか長椅子を背もたれにし、床に座って本を読んでいる。
ヨウムは身体を起こし、ブナの頭に手を伸ばす。髪は冷たくて温かい。さらさらでふかふかしている。
ブナと目が合う。
しまった、油断していた。
無意識で勝手に人の頭をなでるとかないだろう。
気まずさの中、ブレンナの『きっも』という声が頭にこだまする。
「すまない」
すぐさま手を退けようとすると、ブナはヨウムの手に自分の手を重ね、ゆっくり首を振った。気まずさで自分の手が汗ばむのをヨウムは感じ、慌ててブナの頭から手を引く。
「食事に、しよう」
ヨウムは食事をしながら切り出す。
「少し問題が起きて」
「少し? 問題?」
「一か月後に学長がブナの手料理を食べに来る。という建前で、ブナの成長度合いを審査しに来る」
「なるほど。で、どのあたりが問題になりますか?」
「できすぎて問題だ」
「よく分かりません」
「普通は魔術を勉強し始めて半年余りで、この家の熱源をグローブなしで自由に操れるようにはならない」
「ならないのですか」
「ならないな。この家の熱源は旧式で、癖が強いんだ。あと、凍結解凍も普通はあまりやらない。鍵に関してはまず無理だと思う。どちらも少し難しかっただろう?」
ブナは首を振る。
「大変に、難しかったですね。大いに、すごく、難しかったです」
ヨウムは苦笑いをしながら話を続ける。
「そういうわけで、学長の前ではそこそこの魔術を披露してほしいんだ」
「そこそこ?」
「そこそこ。具体的には、まずはグローブを常にはめておくこと」
ブナは頷く。
「それから、凍結解凍はやらない。鍵は専用のグローブで対応すること。鳴時計は扱っていい。ただし、秒単位でセットできることは言わない。十五分単位でセットできる程度としておこう」
「分かりました」とブナは頷く。
「納得したのか? 人を欺くことを強要しているんだぞ?」
「学長は……たぬきおじいさんです。強いカードは相手に見せないのが、ゲームで勝つ基本です」
「そうか」
思いの外、したたかな返答をされ、肩透かしに遭う。
日頃のブナの素直さから、ブナがしたたかでなければ生きてこれなかった過去を持つことを、ヨウムはすっかり忘れていた。




