第45話 青嵐の思惑
「なあなあ、ヨウム先生のあの姿ってさ、実験に失敗したかららしいよ。
魔獣のキメラを作ろうとして失敗して自分がキメラになっちゃったんだって」
「本当に? バカじゃん。だから専攻持たせてもらえず、万年基礎講座担当なんだ」
「やめなよ、そんな大きな声で話してて、呪われて同じ姿にさせられちゃったらどうするの? 怖すぎだよ」
講義の後、黒板を消すヨウムの背後を通り過ぎながら生徒達が噂する内容を聞き、ヨウムは安心する。
振り返ると数人の学生達と目が合う。
皆、怪物でも見るかのように怯え、嫌悪の目を向け、足早に去っていく。
うん。ああいう反応が逆に落ち着くな。
思わずヨウムは僅かに微笑してしまう。
「きもっ。キモがられて薄ら笑うとか、マジでキモいっ。」
「……ブレンナ。何の用だ」
ヨウムは黒板を消す手を止めずに、わざわざ講堂までやってきてまで悪態をつく同僚に対して、素っ気なく用件をきく。
「借りてた上着と傘をわざわざ持ってきてあげたのよっ」
「返すのが遅くないか。一ヶ月経つぞ」
受け取ろうとすると、上着と傘以外に魔晶石の原石が入った小袋があった。
小さいから加工に向かないのだろう。それでも魔導師であれば使い道に困ることはない。
「いいのか?」
「ま、1ヶ月も借りちゃったしねー」
「リオネルに宜しく伝えておいてくれ」
「なんで私じゃなくてレオなのよ」
「魔晶石はリオネルからだろ?」
ちっ。ブレンナは舌打ちをしてさっさと踵を返し、どかどかと音を立てて出て行った。
*
「ヨウム君。クレーム」
学長室に呼び出されたヨウムは天井を仰ぐ。
学長室といっても、学校らしさはなく、持ち主が過ごしやすい空間が出来上がっている。
天井まで届く大きな窓からは、学園の校庭全体が一望できる。
部屋の中心に置かれた本革の黒光りしたソファの上には金の刺繍が派手に施された白いシルクのクッションが重なっている。側にある白い大理石のローテーブルと調和し、センスを感じさせる。
この部屋では、たまにシーモアの気分が良いとお茶会を開いている。
この部屋に招き入れてもらえるのはある意味、学生や職員にもステータスになっている。
「すみません。今回は、心当たりがありません」
心当たりがないというのが一番厄介で怖いものだ。さすがにヨウムも緊張する。
「いやなに、ブレンナ君がね」
「ブレンナ?」
「ヨウム君は生徒に見下され、嘲笑され、軽蔑されることで、快感を覚える変態だと、訴えてきてね。実際どうなの?」
ヨウムは項垂れ頭を抱える。
「頭痛がします……」
「そう。それは大変だね。で、どうなの?」
「すみませんが……あちらの素晴らしいソファに一度腰掛けさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「もちろんだよ。ゆっくり休むといい」
ヨウムはドサリとソファに座り込み、そのまま両手で頭を抱え、瞼を閉じる。
「で……」
「違います」
シーモアが何かを言う前にヨウムはピシャリと遮った。
「そう。まあ、人の趣味なんて……」
「違います」
再びシーモアが何かを言おうとした、それよりも前にヨウムは遮った。
「ふむ。君たちはせっかくの同期なのに相変わらず反りが合わないね」
「そうですね。まったく反りが合わないですね」
ヨウムはブレンナのことが苦手だ。ブレンナもヨウムを毛嫌いしている。
お互い嫌いなら、逆に似た者同士なのか。
ヨウムはどうでもいいことを考えてしまい、頭を振る。
こういうときはブナの頭を撫でたくなる……
ふわふわの肌触りとかわいらしい表情に癒されたい。
本人に失礼なことを勝手に考えてしまい、ヨウムは再び頭を振る。
「ブナ君だが」
突然のシーモアの言葉に、思考を読まれていたようで、どきりとする。
「はい?」
「昨年度末に魔織布のグローブを買い与えたね。とても高いやつ」
「ああ。はい。特注ですからね」
「どこまで魔術を使えるようになったかな?」
シーモアの目が猛禽類のようにキラリと光る。
「そうですね。料理は一通り。よく焦がしたりしてますが」
「ほうほう。一通りね。他には?」
「熱源関係なら一通り。時間はかかりますが」
「ほうほう。一通りはこなすのか。それは素晴らしいね。
一ヶ月後に、ブナ君の手料理を食べに行こうかな。
あらゆる料理を楽しませてもらいたい」
「あらゆる……ですか」
「そう。あらゆるね」
「分かりました。準備してお待ちしております」
「うん。宜しくね」




