第40話 花冷えの雨
「来週はついに中等部入学の歓迎パーティーですね」
「一年経つのは本当に早いですね」
「今年の入学試験は主席と次席があまり差がなかったですね。次席の子は悔しいでしょうね」
「当日のタイムスケジュールはここに掲示しておきますね」
「今年のドレスコードはなんでしたっけ?」
「僕も新しいスーツを新調しましたよ」
「生徒たちの前に出て挨拶する以上、我々も着飾らないといけませんからね」
ブレンナが教員室に入ると、歓迎パーティーの話でもちきりだった。
その中でやたらテンションと身長が低い男を見つける。
「ヨウム君、今年はどうする?」
「別件の仕事が忙しいから欠席ということでお願いします」
シーモアに話しかけられた男は、無表情で返す。
「うむ。ではそのように説明しておこう」
「どうせ、毎年二階のギャラリーからこそこそ見てるんなら、いっそ新入生の前で盛大に挨拶でもしたらいいのに。
私が基礎中等部の座学必修担当でーすって。自分の授業を落としたら専門高等部には進学できませーんって!
あははは。浮ついたパーティーが一瞬で凍りつくよねー。
うけるう。面白いから一回やってみてよ」
「ブレンナ」
ヨウムがため息混じりで嫌そうな顔をして振り返る。
相当馬鹿にした物言いをしたのにも関わらず、ヨウムは小さく首を振るだけで、それ以上の反応をしてこない。
ブレンナとしては、手応えがないことが相手にされていないようで余計に腹が立った。なんとかこの鉄仮面を崩してやりたいと思うが、学園で働き始めて四年経った今も、未だ叶わない。
ヨウムはその外見ゆえ、醜悪なものに対する耐性がない温室育ちの学園の子息令嬢から、嫌悪の眼差しを向けられている。
時には虫けらやゴミを見るような目を向ける学生さえいる。
どーして、こんな職場を選んだんだか。
傍から見ていて、ヨウムにとって尊厳が守られるような職場では決してない。
学生からも、同じ職員からも、あんな扱いをされていたら、あっという間に心を病んでミスを患ってもおかしくないのに……。
本当、読めない男だわ。
シーモアとは別の意味で、ブレンナにはヨウムが理解できなかった。
「おや。ブレンナ君。おはよう。可愛らしいワンピースだね。春の新作かな?」
「あ、学長、さすがー。分かります? 淡いピンクが春らしくてかわいいでしょー」
ブレンナは白衣の下に、胸元から肩が大きく開き、身体にぴったりとしたワンピースを着ている。
タイトなロング丈の横に大きくスリットが入っているのが、デザイン的にも機能的にも気に入っていた。何より、自慢のプロポーションがよく映える。
このワンピースは着る人を選ぶだろう。誰もが着こなせるわけではない。だからこそブレンナは優越感を感じられた。
学長は狸ジジイだけど、服装に文句をつけてこないあたりはいい上司なのよね。患の案件さえなければ残業も一切ないし、給料も前職の三倍。最高においしい職場ではあるわ。
ブレンナがそんなことを考えていると、シーモアの発言を聞いたヨウムが彼女を一瞥する。
ふふん、と口角を上げ、少し小馬鹿にした感じで「どう?」と白衣をあえて腕まで下ろし、胸を強調するようなポーズをとって見せつける。
「まあ、難しい服を着こなしているとは思う。ただ、夕方はまだかなり冷えるし、今日は午後から天気も崩れる予定だろ。相当寒いんじゃないのか?」
ヨウムは無表情のまま淡々と答える。
ちっ、とブレンナはあからさまに舌打ちをした。
「毎日同じ服を着てる男に言われたくないわ」
「感想を求めたのは君だろ。あと、同じデザインの服を選んではいるが、同一の服というわけではない」
「どーでもいいわよ、そんなの。だーからモテないのよ」
ブレンナは呆れ顔で、雑にヨウムとの会話を打ち切り、それよりも歓迎パーティーに身につける小物をどうするかを考え始めた。
*
「降ってきたな」
ヨウムは教員室の窓から、突然降り出した大粒の雨が校庭を濡らしていく様子を見ていた。
こういう時、家に人がいてくれるのは助かる。洗濯物の心配をしなくていい。
雨が窓を叩く音を聞きながら、ヨウムは新学期の準備をした。
一通りの目途が立ったところで切り上げ、帰宅のために職員玄関に下りる。
「うっそでしょ。本当、最悪」
黄みがかった茶色い長い髪を揺らしながら、悪態をつく女性が目に入る。
無視するわけにもいかないので、ヨウムは仕方なく声をかける。
「ブレンナ。残業だったのか。珍しいな」
「しょぼい恋愛相談にのってたのよ。定時ぎりぎりに養護室に来るの、やめてほしいわ。おかげで残業よ。最悪だわ」
「残業手当は出るだろう?」
「当たり前じゃない。だけど、私は早く帰りたいの。帰って愛する人のために、おいしい手料理を作りたいのよ」
「……意外だ。君がそんなに尽くすタイプだったなんて」
「馬鹿にしてるの?」
「いや。驚いただけで感心してるんだ。傘は?」
「私は必要ない荷物は持たない主義なの」
雨が降っている以上、傘は必要なものに入るだろう。
そう思いつつ、ヨウムは口にするのを控える。
代わりに鞄から折り畳み傘を取り出して尋ねる。
「使うか?」
「ヨウム君のは? 貸したら困るんじゃない?」
そう言うブレンナの表情は明るく、手はすでに傘の方に突き出している。
「私の家は近いから」
「そう。ありがとう。レディファーストは大事よね」
ブレンナはなんの遠慮もなく傘を受け取る。
薄手で露出の高い服を着ている彼女は、肩をすぼませ、首も短くして両手で両腕を擦っている。
なんで上着の一つも持ってないんだよ。
そう心の中で指摘する。
「……寒いなら、あと、嫌じゃなければ、上着も使うか?」
ヨウムは片手に収めていた外套を遠慮がちにブレンナの前に差し出す。
「ありがとう」
ブレンナはやはり遠慮なく、奪い取るとさっさと外套に腕を通す。
「これ、何の機能を付与させてるの?」
「防寒、遮熱、防水、透湿、撥水、耐久……あたりだが」
ヨウムはその容姿を隠すため、フード付きの外套を通年使う。森に行く際にも、ミスに入る際にも同じものを使うため、魔織布の生地で作られた服に必要な機能を付与している。おかげでいつ着ても快適だ。
「へえ」
「……ちゃんと返せよ。サイズを探すのが大変だったんだ」
ブレンナの同棲相手は魔導具を作ることを生業としている。魔導具に対する知識も興味も強く、収集癖もあり、凝り性だったことを思い出し、釘を刺す。
「ヨウム君のそういうところが本当、モテないんだと思うわ。いいじゃない。減るもんじゃないし」
「いや……返してもらわないと減るだろう」
*
ヨウムは大粒の雨に打たれ、ずぶ濡れになって帰路についた。
冷たい雨に冷やされ、風が吹くたびに凍えそうになる。
家に着いたら既に沸いているであろう風呂にすぐに入って温まりたい。
その後、準備された温かいスープを飲んでゆっくりしたい。
そんなことを期待しながら足早に帰る。
ヨウムは玄関を開け、静まりかえった真っ暗な家に入る。
「ただいま」
返ってくる明るい声はない。
これは……嫌な予感がする。
とりあえず滴る雨を拭き、きれいに洗われた空っぽの風呂を一番に沸かす。
着替えるなりすぐに二階に上がり窓の外を見ると、洗濯物は雨に晒され、重たく冷たく濡れきっていた。
「もう一度洗うか」
せっかく着替えたにも関わらず、再び雨に打たれながら洗濯物を取り込み、洗濯機に入れる。
再び濡れた頭を拭いて暗い台所に行く。
「なるほど……」
台所には下処理された食材が生のまま皿に並んでいた。
何の料理のために切られたのか分からなかったため、とりあえず全て鍋に入れ煮込み始める。
ブナの部屋の扉の隙間からは光が漏れている。
とりあえず明かりはつけているようでよかった。
さすがに暗い中では目が心配になる。
ヨウムはようやく一息つき、温かいお茶を飲むために湯を沸かし始めた。




