第39話 木の芽時
ブナはケーキの入った紙袋をご機嫌で持ち歩いていた。
手の振りも歩幅も大きく、体中から嬉しさが滲み出ている。
ケーキが中で寄ってそうだな。
かわいい反応だと思う。
だが……美しくはない。
ヨウムは片手を口元に持っていき、どうすれば優雅で上品な仕草を身につけさせられるかを考える。
「ご思考中すみません、質問してもいいですか?」
ブナは遠慮がちに許可を取る。
「ああ。すまない。大丈夫だ。どうした?」
「お店が準備中なのに、なぜ、お買い物ができたんですか?」
「店主の気遣いなんだ。こんな姿をしているから他の客と一緒にならないようにしてくれている」
「そうでしたか。とても親しそうでした」
「たまたま以前、困っていた所を少し助けたことがあって。それ以来、親切にしてくださる」
「なるほど。よく分かりました」
ブナは大きく頷いた。
「女神に愛された人というのは何ですか?」
「ああ、それは、要するに魔力量が多い者のことだ。魔力を多く持って生まれた者は女神に祝福されたと、こっちでは表現したりする」
「魔力量が多いと美人になるんですか?」
「はは。魔力量は容姿に関係しない。俗説だ」
ヨウムは笑う。
「ただ因果関係はないが相関関係はある。何だと思う?」
「うーん」
ブナは目を限りなく細くし、遠くを見て唸る。
まったく美しくない表情だった。
「学園には貴族が多いと言っていました」
「うん」
「貴族はお金持ちです。お金があると、美容と容姿と長寿にこだわり始めます。庶民には手が出ないほどの高価なものに、お金を湯水のように使うでしょう」
ブナは続ける。
「金持ちは見栄っ張りです。競って容姿に磨きをかけます。その結果、美しい人達が増えます。
鼻高々の魔力を持った美しい高貴な方々は、同じように魔力を持った美しい高貴な人と結婚したがります。
子どもは生まれながらに美しく、魔力を持っています。
そして、女神に祝福されているとチヤホヤされて、さらに美しさに拘った天狗になります」
「なるほど。……ひどい言い草だが、考察内容はいい。
偏見が多いのは気をつけるように。
ブナが富豪に対して警戒する気持ちは分かるが、穿った見方をしていると良い友人に出会えない」
ヨウムはさらりと指摘する。
ヨウムの指摘に、ブナはあきらかにしょんぼりと落ち込む。
ヨウムはその姿に昔、祖母が飼っていた愛犬を思い出した。
色の薄いふわふわの質感の良い毛並みといい、素直な反応がよく似ていた。
年頃の女性を飼っていた犬に似ているなんて、失礼にもほどがあると、心の片隅で冷静に思う。
その一方で、ブナが愛犬に似ていることに妙に納得してしまう自分がいた。
「すまない。怒っているわけではないんだ。ただ、心からブナには良い友人ができたら良いと思っている」
そう言って、ヨウムはいつものようにブナの頭を撫でようと手を伸ばした所で気がついた。
身長は随分と抜かれ、十五センチほど差があった。
これで頭を撫でるとか変じゃないか。
手を引っ込めようとしたところで、ブナは頭を垂れて目の前に差し出した。
ヨウムはまた手を伸ばす。
やはり良い質感だ。癒やされる。
「ブナの髪や肌はとても綺麗だな」
呟いてから、しまったと後悔する。
発言が気持ち悪いと嫌がられたらどうしよう。
そんなヨウムの心配とは裏腹に、ブナは嬉しそうに驚き、得意気に答えた。
「努力してます!」
予想外の答えだった。
「努力とは……具体的には?」
「ものすごい量の種類の化粧品を用途によって使い分けています。
おかげでお風呂上がりと洗顔後はケアに時間がかかります。本当は面倒くさいです」
ブナは半ば嫌そうに語る。
「そんなに大変なのに頑張っているのか。やはり年頃の女の子なんだな」
「マーサさんに……。年頃の娘が美しくないのは、養育者の恥だと言われました」
「ああ。なるほど。……言いそうだな」
「ヨウム先生の恥にはなりたくはありません」
「私は君のことを恥だと思ったりしない」
「ヨウム先生が私のことで後ろ指を指されるのは嫌です」
「そうか。――私は、私のせいでブナが後ろ指を指されるのは嫌だな」
「おお。両思いですね」
「その言葉の使い方は間違っているな」
「同志ですね!」
「それも少し意味合いがちがうな」
ブナは首を捻る。そして手をポンと叩く。
「仲良しですね!」
「まあ、そう、かな」
ヨウムは苦笑した。
*
その日の夜、ヨウムは心が落ち着かず、寝つきが悪かった。
一日あった出来事が頭の中で巡っていく。
早朝、いつも通り河辺を走った。
午前中はケーキを買い、図書館にも寄った。
ブナと川まで散歩をして、昼食の後はそれぞれ好きに本を読み、読み終えた本について討議した。
ブナの課題も見たし、歩き方の指導もした。
鍵の施開錠の練習用に渡した標本にブナが没頭している時は、掃除もして夕飯も作った。
ブナと一緒に夕飯を食べ、食後に紅茶とケーキを楽しんだ。
自分の勉強も研究もした。
ピアノはいつも通りブナが寝静まってから練習した。
随分と盛りだくさんな休日であり、有意義な誕生日だった。
去年までとは全く違った誕生日を過ごした。ヨウムにとって、楽しいと思える一日だった。
あの日以来、誰かとこんなに楽しい時間を過ごせるとは思っていなかった。
あの日以来、こんな姿の自分が誰かに受け入れられるなんて思っていなかった。
大好きだと言われた。
良い教師だと評された。
仲良しだと表現された。
あの日以来、孤独であることがヨウムの日常だった。
人に慕われるなんて十年ぶりで気持ちが落ち着かない。
ヨウムはこそばゆいような、面映いような、そんな落ち着かない気持ちを抱え、また一つ年をとり、二十一歳になった。




