↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/61

第36話 二月の灯り

今日も暗い。


学園からの帰り道、学園の裏門から自宅に続く一本道を歩きながらヨウムは遠くの自宅の窓を眺める。

帰るのはいつもだいたい十九時ころだ。


去年までは家に明かりが灯り、遠くからは、窓から漏れる温かい光が見えていた。

今年に入ってその光景を見る回数が極端に減った。


家に明かりが灯っている光景は、それだけで癒やされるものだったんだな。


「ただいま」


お帰りなさい、と笑顔で駆け寄る姿も見なくなった。

その光景にもまた、癒やされていたのだとヨウムは知った。


台所の鍋に、夕飯の煮込み料理が作られているのを確認し、鍋を火にかけて温めなおす。

風呂場に行き、風呂を沸かしはじめる。

自室に鞄だけ置き、隣の部屋の扉をノックする。


中からの反応がない。

はじめこそ心配したが、最近はヨウムも驚かない。


「失礼。入るぞ」


一言添えて、扉を開ける。


「いないのか」


真っ暗な部屋に、机や床にまで広がる何冊もの魔導書を見る。


「魔術を教えるのは少し早かっただろうか」

ヨウムは苦笑する。


二階に続く階段を上がっていく。


初めは本当に心配したな。

あの時は、すぐに引き出しの中の財布を確認したっけ。



その日、帰ってきたとき、家は真っ暗だった。

財布は残っていた。

魔導書が読みかけのまま広がっていた。

準備された夕食は二人分だった。

靴も全て残っていた。


それでも一階をくまなく探しても、ブナの姿は見えないから、二階に上がったのだった。



思い出しながら、二階に上がり明かりをつける。


いない。


本棚の魔導書は空っぽになっている。


そうだ、前回、暗くなっているのも気づかないくらい没頭して読んでいたから、全てブナの部屋に移したんだ。


「どこに行ったんだ。外か?」


こんなに暗いのに。

女性が一人で出かけるには危ないだろう。


探さなくては。


ヨウムは慌てて階段を降りて、鞄を取りに自室の扉を開ける。


「うお」


ヨウムは思わず声を上げて、仰け反る。


……心臓が止まるかと思った。


ヨウムの部屋の片隅で床に本を広げて読みふける少女がいた。

キャンプ用の小さな光源が、色素の薄い少女を暗闇の中でぼんやり浮かび上がらせていた。


「ちょっとした恐怖を感じるな」


あまりにひっそりとしていて、先程鞄を置きに入った時は全く気が付かなかった。


「ブナ」


ヨウムは声をかける。

返事はない。


「相変わらず、すごい集中力だな」


誰ともなしに呟き、苦笑いをしながら部屋の照明をつける。


「はっ」


突然眩しくなった部屋に、ブナは驚き、ようやくヨウムに気づいた。


「お帰りなさい」

「ただいま」


「もう、そんな時間ですか」

「十九時半だな」

「いけない! お風呂を沸かします!」

「もう沸かしてある」


「ご飯を温めないと!」

「もう温めたから食べよう」


「……すみません」

「別にブナの仕事というわけではないから、気にしなくていい」


たちまち目元と肩を萎ませ、しゅんとなりと落ち込む様子のブナに伝える。


「それよりも、照明はきちんとつけよう。目が悪くなる。よく、こんな小さなライトだけで読んでいたな」

「夕暮れ前はこれで問題なかったんですよ」

「夕暮れ前から読み進めて、どこまで読んだんだ?」


ヨウムはブナが読んでいた本の表紙を確認する。

初心者用の本ではあるが……。


ヨウムの部屋に置いてあるものは、ヨウム自身が使う高等な専門書か、授業で使うための資料として置いているものだ。

初心者用ではあっても、今までブナに渡していた初歩的な魔導書とは難易度が違う。理解して読み進めないと読み解けない。


「今日はここまで読みました」

「術式の展開と分類か……」


ブナの読むスピードは決して速くはない。

にも関わらず、ここまで読み進めたか。


「自分の部屋の本棚に置いた本はどうした?」

「どれももう、二、三回は読んだので」


「それで私の部屋の本を読み漁ってたのか……。おそろしい向学心だな」

「ダメでしたか」


「いや、もともと施錠してないものは好きに使っていいと伝えてある。問題ない。

魔術の勉強は楽しいか?」

「楽しいです。とても」


ブナは力強く頷く。


「そうか……」


ヨウムは、奥の納戸から初学者向けの練習用の回路標本を取り出した。


「術式だけ覚えても回路を展開できないと魔術は使いこなせない。

明日から回路のパターンと魔力のコントロールの仕方をこの標本で練習してみるといい」


「回路……標本。迷路みたいです」


ブナはすぐに両手を出して恭しく受け取る。


「いい表現だな。実際の魔術で展開される回路のパターンを模ったレプリカだ。

回路は上下左右前後三百六十度どこにでも広がる。回路は魔力の路でもあり、立体的な器でもある。

魔術と展開する回路の分だけ様々な標本が作れる」

ブナは頷く。


「この路に魔力を粒子状にして流して進めていく。流す魔力が多ければ回路から溢れて落ちる。少なければ進まない。

コントロールできなければ標本の中で魔力は爆ぜて消える。

魔力の制御、操作、調整の勉強になる。これが出来るようになれば、煮込み料理以外の料理も出来るようになる」


「おお。頑張ります!」


ブナは期待に満ちた輝かしい瞳で標本を見つめる。


「ただし……」

「ただし?」


「良質な睡眠は健康だけでなく、質の良い生活と学習に大事だ。二十一時には寝ることをお勧めする。夜更かしはやめよう」


ブナは渋い顔をする。


「君は朝が早いだろう。五時には起きている。成長期なんだからしっかり八時間くらいは睡眠時間を確保した方がいい」

「ヨウム先生の方が……夜更かしで、早起きです」

「私は、これでも、ブナと暮らしはじめて早く寝るようになったんだ。以前はもっと帰りも遅かったし、家事も料理もブナが済ませてくれている分、睡眠時間は増えたんだ」


軽く笑いながら答える。


「……ヨウム先生は、私がいなくなったら……少しは困りますか?」

「まったく困らないな」


ブナはますます眉間に皺を寄せ、唇を両端に引き、苦々しい顔をする。

数か月前に見せた絶望的な悲愴感はなく、ただただ残念だという、しょげた表情だ。

落胆もしてはいるが、少し抗議しているようでもあり、愛嬌がある。


「ただ、寂しくはなるな。実際、最近は帰りに家に明かりが灯っていないと、少し寂しい」


ブナはヨウムの発言に驚き、目を見開く。


「明かり! 点けます。ちゃんと点けるようにします」


ブナは前のめりで力強く答える。


「そうしてくれると、ブナの目も悪くならないし、私も安心できる」


ヨウムは静かに微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。