第33話 照り雪
ブナは感嘆の声を漏らし、あちこちを眺めながら歩いていた。
「真っ白ですね」
この辺りは十一月末には雪が降り始め、十二月半ばを過ぎると積もり始める。そして冬の間は四日に一度は雪が降る。
この日は、前日に降った大雪で、一面がさらに真っ白で厚い銀世界となった。
ブナの育った地方では雪はあまり降らないため、ブナは雪が降るたびに、その積雪の量に驚いていた。せっかくの冬休みなので、森の雪景色を楽しもうと、朝早くからブナを散策に誘ったのだった。
「綺麗です。どこもかしこも……」
雪に覆われた草原は、朝日で眩しいほどにキラキラと輝いていた。木々は枝の先まで繊細な霧氷を纏い、まるでガラス工芸品のように美しい。
澄み切った肌を刺す凍てつく空気。とさりと、遠くで枝から落ちる雪の音だけが響く静寂。それらを全身で感じながら、ブナは度々立ち尽くしていた。
「宝石が散っているみたいです。まるで別世界です。絵本の中のようです」
ブナは雪に足を取られながら、慣れない雪道を必死に後からついてくる。歩くだけで呼吸を荒くしているが、それでも目は爛々と輝いていた。
「この地域は標高が高い分、降雪量が多いからな。雪景色も荘厳で美しいよな」
「山は……神々しいですね」
ブナは山の方に顔を向けると、目を見開き、大きな溜息を一つつく。
ヨウムはブナの様子を見て一度微笑むと、同じように山に目線を移した。
奥にそびえる山々は、鋸の歯のように鋭い。岩肌は真新しい雪によって白く覆われており、山の雄大さと荘厳さを際立たせている。太陽の光は強烈な輝きを放ち、神々しい光芒となって眼前を照らしていた。
草原も、山も、森の樹々も雪に覆われ、真っ白になっている。その中で川だけが薄墨色で力強い音を立てて流れている。川の間に点々とある石だけは、深い雪を被っていた。
「おおお。川はかっこいいです。石の上の雪はふかふかしていて、かわいいです」
ブナは目に映る全てのものに反応を示す。
なんとか森の入り口まで来たところで、陽の当たる場所を探して遅い朝食にすることにした。
雪が音を吸収した森は、静寂に包まれている。焚き火の音だけが静かに響く。
「楽しいです」
ブナが満足げに言う。
「それは良かった」
ヨウムは砂糖の量を少なくした、甘さを控えたホットココアをブナに渡してやる。ブナの最近のお気に入りだ。
ブナは周囲の樹々を見渡しながら、深いため息を漏らしている。樹々に積もった雪の造形美は、どれも違う表情で確かに美しい。
ヨウムも同じように周りを見渡す。深呼吸をすると、肺に冷たい空気が入ってくる。
ようやく、落ち着いたな。
冬休みまでは学園が慌ただしい。今年は最後の最後まで患う学生が出た。それに加え、マルクス家からのクレーム対応もあった。結局、両親だけでなく、祖父母まで学園にやってくるという大事になった。
この静けさが癒やされる。
向かいに座ったブナは、ゆっくりと息を吹きかけながらココアを丁寧に飲んでいる。新年早々、ついにヨウムの身長はブナに抜かれてしまった。
ヨウムは妙な気分だった。もともと一人が好きな質である。人と騒ぐのは得意ではない。それでもブナが家にいても不快になったり疲れたりすることがない。
ブナは天真爛漫によくはしゃぐものの、決して騒がしいわけではなく、静かに一人楽しんでいることも多い。自分のことはさっさと自分でやるので、手間もかからない。
不思議な少女だ。自分の姿を嫌がることもない。
「尊敬している」とも言われた。ヨウムは学園ではそんなことを言われたことがない。
先月、ブナの手足に残っていたミスを消滅させた際の、その後のブナの言動と自分の行動を思い出す。
あれは……十五歳のレディに対する対応として、どうだったのだろうか。
だが、見た目がまだまだ十二歳程度のため、どうしてもレディとして接することができずに、子ども扱いしてしまう。
「ヨウム先生」
思い出して気まずい思いをしていた所に、ブナから声がかかる。ヨウムは思考を払うようにゆっくり頭を振る。
「どうした?」
「ウサギを捕まえて食べてはいけないのですか?」
「ああ。マーサさんが言っていたことか」
ブナは頷く。
「ウズラとかキジとか、猪とか鹿とか捕まえてもダメですか」
「うーん。そうだな。まずは一匹にして欲しい。そもそも私は捌けない。下処理ができない。あと、二人で食べるにはキジ以上は大きすぎる。正直、私はウサギとか、ウズラくらいがありがたい」
「……いいんですか? マーサさんは狩猟はダメだと」
「狩猟はいいが、必要以上にやらないこと。あと、人に無闇に言わないこと。この大陸の子どもは……特に貴族の女性は普通狩猟はやらないんだ」
「……木登りは? ダメですか?」
「いいんじゃないか。安全に登ってくれるなら」
ブナは首を傾げる。
「マーサさんと言っていることが違います」
「マーサさんとは価値観が違うからな。
人は皆それぞれ価値観が違うから、言うことも人それぞれだ」
「誰が正解なのか、どうやって分かるんですか?」
「分からないな。人それぞれだから」
ブナはさらに首を傾げる。
「そんな時はどうするんです?」
白い息を吐きながらヨウムは笑う。
「好きな方を。あらゆる人間があらゆることを言う。
その中で君が自由に選べばいい。
どんなふうに生きたいか。
君はもう、選ぶことができる」
「どんなふうに生きたいか。私は、選べる。選ぶ……」
ブナはヨウムの言葉を反芻しながら呟く。
「私はブナが木登りしている姿も、動物を狙っている姿を見るのも好きだ。
生命力に溢れていて眩しいと思う。
ただ、同時に怪我はして欲しくないと思っている。身体は大事にして欲しい。だから私は怪我をしない技術を君に教えることを選んだんだ」
ブナは何度か頷き、またココアを飲みながら森の気配を楽しんでいた。
この時間が楽しい。
ヨウムもそう感じていた。




