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第22話 ヨウムの記憶

「にいに。……にいに」


屈託なく笑う可愛い妹だった。


よく懐いて慕ってくれていた。それがまた可愛くて、随分と世話をした。


「ヨウム、リリーをお願い。リリーを連れて逃げるの。お婆ちゃんの所に行ってね。

元気で。元気で」


母の切実な声と、涙を堪えた強い笑顔だった。

痛いくらい抱擁された。

母との最期の約束を、ヨウムは守ることができなかった。


今思えば、それはよくあるミス爆ぜだった。

地域が良くなかった。国境近くの街中で魔力のある者も多かった。

ミスに呑まれた者の恐怖と絶望で、恐ろしい速さでミスは膨れ上がった。


男たちは先にミスを止めようとし、呆気なく犠牲になった。


父もそうだった。

まともに話もできないまま、気付けば姿が見えなくなっていた。


魔術が使える女たちも対応することになった。

母は魔術の心得があった。そのため、子どもたちを置いていくことを選んだ。


「イーゴが転んだ」


逃げている最中、リリーが叫ぶ。

ミスのすぐ近くで転んだ少年を振り返り、ヨウムは瞬間に思った。


戻れない。呑み込まれる。助けられない。


そう思ってリリーの手を強く引いたところ、リリーの手はするりと抜けて、少年の方に駆けて行く。

慌ててリリーを追う。


あとはあっという間だった。


白い靄のようなものが目の前を覆い、灼熱の中で身体が焦がされる感覚に襲われる。


「にいに……」


隣でリリーが唸りながら声をかける。


『リリーをお願い』


その場にいない母の声が頭に響く。


必死だった。


何とか救いたかった。


絡まってくるミスを断ち切って外に出るには、魔力が足りない。


魔力なら……ミスの中に渦巻いているじゃないか。


このミスの魔力を取り込めば、魔力の底上げができる。


何も知らない子どもの浅知恵だった。


神の領域に手を出した。


「にいに……。にいに……」


ミスを出た時、背中で確かに声がした。

リリーは生きていた。まだ息をしていた。


間に合う。


そう信じて、身体中の痛みを堪えながら必死で病院へ走った。

何とか病院に着いたとき、医師は言った。


「もう、亡くなられているよ」


*


眠れないな。


時計の針は深夜を告げている。


ヨウムは鏡に映し出された自分の姿を眺める。


ヨウムは寝るのを諦め、生命論理の魔道書を広げる。生命論理はミスを理解するのに不可欠な分野だ。


単純な知識と技術不足だった。


今のヨウムなら、魔力量が少なくても、術式を展開することで造作もなくリリーを助けることができたはずだ。


母との約束を守れたはずだ。


父を止められた。母を止められた。


幾人の人の命を救うことができた。


せめて、あとほんの僅か。


病院にたどり着くまでの時間さえリリーを生かしてやれていれば……。


そのすべてが、無知ゆえに潰えたのだ。

だからこそ、ヨウムは余計に痛ましいほど無力だった過去の自分を、ただひたすらに赦せないでいる。


その後、その事件の尊い犠牲によって、ミス爆ぜの対処として、魔力のある者もない者も速やかに避難させ、高い技術を持つ魔導師のみで対応させるのがよいと結論づけられた。


犠牲に尊いもなにもないだろう。


そう表現されるたび、ヨウムはやるせない気持ちを抱いた。

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