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第21話 ミス

「ブナくんは、いつ自分は奴隷だと悟ったのだね?」


シーモアは優雅にのんびりお茶を楽しんでいるわりに、質問の内容は優雅さとは裏腹に不躾だ。

毎回、相手の心気などお構いなしに核心を突く。


魔力が安定しない子どもは確かにミスを患いにくく、爆ぜることは稀だ。


それでも、ブナの生涯はいつでも、患い、爆ぜても仕方ないと思える塗炭の苦しみを味わうようなものだった。

しかし、そうならなかった。


それは、本人にミスが生じるような激しい感情を抱かなかったことを意味する。


悲嘆、絶望、憤怒、憎悪、嫉妬、反感。


そういう感情が希薄だった。

もしくは感情に蓋をして感じていなかったということだ。


おそらく世の理不尽を

「自分はエバンだから」という一言で、

仕方ないと諦め、ただひたすらに受諾してきたのだろう。


いつ、自分は奴隷だから仕方ないとし、

人生を、自由を、希求を、自我を諦めたのか。

シーモアはそれを問うていた。


「妹が、わがままで……。えっと。母が……」


少し考えながらブナは話し始める。

シーモアが言の葉を魔術で引き出す。


「妹は、よく母にわがままを言っていました。

母はよく怒りましたが、それでも妹を可愛がっていました。

その時は、私よりも妹の方が好きなだけだと、だから私より優しくするのだと、そう思っていました。


母は泣くのを大変嫌がる人でした。泣くと、とても怒るし、うるさいと打たれるので、私はいつも泣くのを我慢していました。


ある日、妹が転んで怪我をしました。

大した怪我ではなく、少しすりむいただけでしたのに、すごく泣きました。


私は妹が母に怒られ、打たれると思いました。母に怒られたら、私が慰めてあげようと思いました。打たれたら私がさすってあげようと思っていました。


でも、母は怒りませんでした。

妹をすごく優しい声で励まし、抱きしめていました。


その時、私は、妹とは違う存在なのだと分かりました。

エバンとはそういうものなのだと、その時に納得しました」


*


一日の終わり。

ブナの心は静かだった。

何も感じないのではなく、感じた上で静かだった。


シーモアには、自分が学園で学ばなくては人の禍になるということを伝えられた。

ヨウムからは、魔力を持つものは自分の感情と向き合う必要があると言われた。


どちらもブナの中では実感が持てない。

だが、不思議と不安はなかった。


はじめて食べたマカロンが甘かったからかもしれない。


「あまっ」と思わず腹から低い声が出たのを見て、ヨウムがいつもの朗らかな様子で、楽しげに笑っていたからかもしれない。


昨夜、ヨウムに大丈夫だと優しく落ち着かせてもらったからだろうか。

抱き寄せてもらったからだろうか。


記憶の中の妹と、昨日の自分が重なる。


妹は母に抱きついていた。

懐に抱かれ、身を委ねるのはこんな気持ちだろうか。

妹も、絵本の中のみいちゃんも、うさこちゃんも……。皆お母さんにギュッと抱きついていた。

お母さんとは、温かくてお花の匂いがするらしい。


急に心がざわざわと波立つ。

拒まれたら、今度はきっと悲しくなる。

追い出されたら、今度はずっと苦しくなる。

それは嫌だ。


ブナは自分の手を見る。

迷子にならないようにと、はじめて誰かに繋いでもらった手だった。


ブナは自分の何もない手の中に、まるでとても貴重なものが収まっているかのようにそっと拳を握り、大事にもう片方の手で支え、そっと頬に運んだ。


*


「何か質問は?」


そう言ったシーモアに対するブナの質問は非凡だった。


「私のミスが消えました。ヨウム先生のミスはなぜ消えないのですか?」


思わずヨウムはシーモアと顔を見合わせる。


「驚いたな。なぜヨウム君がミスに蝕まれていると思った? 見た目か?」

シーモアが問う。


低身長、抜け毛、膨れた身体、眼球の突出、皮膚の黒化、皮膚の硬化……。


いずれも蝕みの影響に多い症状だ。だが、ここまで色々と併発することは稀である。ここまで症状が進行する前に、普通は死んでいく。

しかし、ブナはそんなこと一切知らないはずだった。


「……ミスの中にいた時と、同じ魔力を、少しだけヨウム先生の中にも感じます」


「ほう。それは詳しく聞きたい」


「ヨウム先生の魔力は……冬の日のお日様のような、ほんのり温かい魔力です。


ミスは……真夏の炎天下でずっと外で働いているときの、石が熱くて、足が焼けるような、空気を吸うたび喉が焼けるような、そんな熱さです。


どちらもお日様ですが、熱さの具合が違います。そんな感じです」


「なるほどなるほど。ブナ君。君は随分と良い目を持っておるな。素晴らしい。逸材だ。

金の卵はどんなふうに孵《かえ》るかの」


シーモアは自らの豊かな顎髭に手を這わせ、満ち足りた笑みを漏らした。


しかし、ヨウムにはその笑みは素直で純粋な感嘆とは映らない。

むしろ、深奥を覗き込もうとするかのような底知れぬ何かを感じる。


果たして、この上司の胸中には何が渦巻いているのだろうか。


「私のは……」


質問をされてしまったので、ヨウムは答える。


「ミスが澱として溜まっているのではなく、定着しているんだ。自分の魔力と絡まっていて取れない。

もはや自分の魔力の一部になっている。だから、この容姿も治らない」


ヨウムは自分の左手の袖をまくって見せる。

老木の幹の皮のように節くれ立ち、凸凹した、黒い斑点だらけの腕だ。

肌色も薄墨を溶かし込んだように悪い。


「まあ、おかげでミスが爆ぜる心配はないんだが」


ヨウムが深刻にならないような口調で付け足す。


「分かりました」


ブナは了解する。

それ以上、なぜこんな状態になったのかなどと聞いてこないあたり、聡い子だ。


「まあ、天罰が降ったんだ。神の領域に手を出した欲深い愚か者の末路……だろう」


ヨウムは聞かれてもいないのに付け加え、口から息を短く吐きつつ、自嘲気味に笑った。

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