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第17話 虫時雨の後の客

「ふうむ。これか。なるほどね」


シーモアはいつも突然訪ねてくる。

学期試験が終わり、学生の評価もつけ、補講も終えた。学生はとっくに夏休みに入った。


ヨウムの自宅の呼び鈴が鳴ったのは、教員もこれから夏季休暇に入るという日の夕暮れ時だった。


窓から見える遠くの空には、朱く染まった入道雲が立ち昇っている。雲の峰々は、沈む陽の光を浴びて、その輪郭が金縁を施したように見えた。


「いや。なに、マーサから報告は受けていてね。気になってはいたんだよね」


まあ、予定より来るのが遅かったくらいか……。


ヨウムは特に驚かない。

シーモアが単にマーサをサポートのためだけに来させるわけはないし、報告書にもあげていたことだ。


どうしてもブナの手足にある痕だけ治りが悪い。魔導具の影響だろう。


ブナの身体のミスはほぼ抜けて、手の指先と足に黒く残るだけとなった。

だが、両の手首と足首に幅五センチほどの黒い直線の痕がくっきりと残っている。


ヨウムは理由を察していた。


その上でブナには何も聞かなかった。

しかしシーモアはあっさりとブナに確認をする。


「この痕に覚えは?」


「か……せ?

一番目の主人のとき、手枷。

三番目の主人のとき、足枷、つきました」


「やはり魔導具の副作用か。定着はしておらんのだろう?」


シーモアがヨウムに確認する。

「していませんね」

ヨウムは報告書通りに応える。


「治るまでにどれくらい時間がかかる?」


「ミスも未だ抜け切れていないので、時間はかかりますが一年もあればちゃんと治ります」

「うむ。それならよかろう。この痕はアカデミー入学の際に邪魔になるからの」


ヨウムとしては、こんな痕は理由なく治してやりたい。


ブナは手首の痕を擦っている。

痛くはないはずだが、話題にされて気になるのだろう。

気にしているのを安心させようと、ヨウムは穏やかな声で説明する。


「まだ体内にミスが残っているから、魔導具の痕の処置を体内からするのが難しいんだ。今まで通り、薬を塗って外部からの処置を続けよう。いずれきれいに治る」


ブナは一つ小さく頷いた。

無表情なブナの顔からは不安なのか安心したのかは読み取れなかった。


*


シーモアが、マーサから気になる痕があったと知らされたのは先月のことだ。


ヨウムが治せなければ、シーモア自身が破壊するつもりだったが、ヨウムの報告書には特別困っている節はなく、非常に高価な薬品の請求書が添えてあっただけだった。


そのため、シーモアは学園の仕事が暇になるまで焦らずのんびり構えていた。


「定着していなくて良かった」

定着してしまえば本人の魔力と絡まって、取り除くことはシーモアですら出来なくなる。


枷の痕がある娘など伝統と品格ある我がアカデミーに入れるわけにはいかない……。

そう言う連中と揉めることになるところだった。


ヨウムが治ると言うのだから、治すのだろう。

ヨウムはブナを生かした。治療内容は見事だった。


シーモアは目の端でヨウムを一瞥する。


死んだ妹の影でも見ているのだろう。

あの献身的な仕事ぶりは、さもすれば本人の償いの一つの形なのかもしれない。


「ジージージー ゲゴゲゴゲゴ リリリリリ」


「ところで、あれはなんだね?」

ヨウムの淹れた紅茶を飲みながらシーモアは確認する。


「ああ」

ヨウムは、窓辺で胡坐をかいて外を眺めているブナを見る。


「最近の流行りです」


「ジージージー シャシャシャシャシャ リッリーン」


怪しい言葉を外に向かって放っている。

そしてたまに左右に、上下に、胡坐のままぴょこぴょこ動く。

奇怪だ。


「何をやっているんだ?」

「庭から聞こえる音を拾って、真似て口に出しているんですよ。主に虫ですね。楽しいらしいですよ」


「そうか。とても十五歳の少女のやることとは思えんな」


「え?」ヨウムは一瞬、判断が遅れた。

「ん?」シーモアはわざとらしく返す。


*


『ああ。ブナくんの誕生日ね。七月だからね。今はもう十五歳になったはずだ』


ヨウムはシーモアとの会話を思い出していた。ブナの年齢を視た時に知ったのだろう。


ついこないだ終わったということではないか。


「あれは、わざとだな」


夕飯の皿を洗いながらヨウムは自分の上司を疎ましく思った。


「ブナは、自分の誕生日がいつか分かるか?」

隣で皿を拭くブナに尋ねる。


おそらく知らないだろう。

名前もつけない親が誕生日を祝ってくれるとは思えなかった。


「分かります」

「知っているのか?」

ブナの意外な返答にヨウムはその後に続くブナの言葉に期待を寄せる。


「はい。暦表に大きな丸、ついてました。その日、沢山お金貰えると、毎日喜んで言ってました。覚えました」


「そうか」


気分が悪くなる話だ。

一人で期待した分、ヨウムはどっと虚無感に襲われる。


ブナ本人は気にも留めていない様子だ。

少女はただ一つの事実を述べたに過ぎない。


売られる年に、売られる日にちを覚えた。


ブナにとって誕生日とは、単にそういう出来事だったということなのだ。


「ブナ、明日はケーキを買いに行こうか」

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