第15話 高熱の瑞雨と兆し
ブナの高熱は三日間ほど続いた。
その間、ヨウムは授業を休講にし、家で仕事をしていた。
熱で辛そうなブナの意識とは反対に身体は順調な回復を見せている。
「ミスが早い速度で消失していっている」
手を診る。掌だけが真っ黒で腕などは黒い斑点が少し残る程度までミスが引いている。顔はもう黒くはなく、首元に斑点が少し残るだけだった。
手首に残る太い黒い線だけが気になった。
ミスの影響というより、明らかに人工的な痕だ。
「こっちは……時間がかかりそうだな」
夕方、ようやくブナの熱が下がり始めた。
一度、ヨウムは自室に必要な本をとりに行き、またブナの部屋に戻る。
「あばれている……」
ブナは足や手をびくりと大きく動かしながら唸っていた。
「はっっ」
そして、自分の身体を動かした反動でとび起きた。
「起きた……」
ヨウムはすぐに時間を確認する。
今まで、ブナは日に一度、朝の四時間だけ覚醒していた。夕方の時間に起きたのは初めてだ。
随分回復したな。
「大丈夫か」
ヨウムは側に座り静かに声をかける。
ブナの顔は青ざめ、額から滝のような汗をかいている。呼吸も荒い。
「ずっと……追いかけてくる。たくさん逃げた……だけど、首、締められた」
そのとたん、はらはらと涙を流し始めた。
ヨウムは驚く。
ブナが泣くのを見るのは初めてだ。まさか泣き出すとは予想していなかった。
「ヨウム……先生、いっしょうけんめいよぶ。助けてもらう。死ななかった。でも怖かった」
意外だった。
ブナは悪夢の中で、自分に助けを求めるほど信頼してくれていたのか。
「大丈夫だ。怖い夢はもう終わったから」
静かに穏やかに声を掛けながら頭を撫でる。
ブナの髪質は細く柔らかいので、触り心地がいい。
毛並みのいい動物みたいだ。
不安定なブナの気持ちを落ち着かせようと思いながら、撫でてみたものの、そんな場違いなことを考える。
頭を撫でられたブナはより一層はらはらと涙を流し、ヨウムの腕を強く掴んだ。
少女の手は小刻みに震えている。
「良い子で、いる。早く、元気になる。仕事たくさん、する。だ……から、
追い……出さない、で」
少女は擦れる声を絞り出しながら切実に訴えてきた。
その、悲痛な様子にヨウムは小さく動揺をした。
そのまま寝てしまったので、どこまで意識して喋っていたのか分からない。おそらく悪夢で混乱していたのだろう。
それでも、意思なく流されるように生きてきたブナは、ヨウムを頼った。
以前、学長に思わず、担当を変えてくれと漏らしてしまったことを気にしていたのだろう。
申し訳ないことをした……
自分の言葉でブナを不安にしていたことにヨウムは自責の念を感じる。
ちゃんと、独り立ちできる力を育ててやろう。
死んだ妹よりも小さくて幼いブナを見ながらヨウムは腹を括った。
*
「まだ、眠たくならないのか?」
与えた自習帳を黙々とこなすブナにヨウムは声をかける。
もうすぐ昼になる。
朝の六時頃から起きているブナは六時間ほど覚醒していることになる。
熱はすっかり下がり、食欲も今までよりあるようだった。
その後も昼食、庭いじり、自習帳、洗濯物畳み、お絵描き、夕飯の準備と、次々に活動をこなしていった。
夕飯がそろそろできるという時間に眠たいと言い出した。結果……。
「食べながら寝ている」
カクン、カクンとブナの頭が皿の上で揺れている。せっかく手にしたパンも一口も口に運ぶことがないまま、瞼はゆっくりと閉じてしまった。脱力した掌からパンが転げ落ちる。
ヨウムは時計を確認する。
「すごいな、半日も起きていられるようになったのか」
転がったパンを拾い上げ、椅子からずり落ちそうになる小さな体をそっと支えベッドに運ぶ。
「明日からは文字も教えるか」




