第13話 翌年六月と四月の初学
ヨウムが鉛色の空の下で、ブナと出会ってから一年半後の話
*
「あれから一年半ほどか」
シーモアはヨウムの家で目の前に出される料理を眺めていた。
スープ、グラタン、コロッケ、ポワレ、エチュベ。
煮込み、グリル、揚げ物、焼き物、蒸し物。
あらゆる料理法の料理が並んでいる。
ヨウムの家の前の住人は相当の魔導具マニアの偏屈老人だったため、台所は旧式で、熱源を利用するための魔術を展開するのにもそれなりの技術がいる。
あらゆる料理方法ができるということは、それだけ術式を深め、回路を細く調節する必要がある。
「素晴らしい」
シーモアは料理を作った本人に声をかける。
女性は長身で、光沢のある柔らかいプラチナブロンドの髪を後ろでまとめている。
高い身長の割に顔が小さく、とても端正な顔つきをしている。肌艶もよい。
赤みを帯びた黄金色の瞳は力強く、美しい目元が特に印象的だ。
立ち姿は首も背筋もスッと伸び、品を感じる。淑女と言っていいだろう。
手には魔力をコントロールするために、魔晶石の糸が織り込まれた魔織布で作られたグローブをしている。
魔術を覚えたてで、コントロールがまだ苦手な子どもが、魔術を使いやすくする目的でよく使うものだ。
「ありがとうございます」
少女はにこりともせず無表情で言う。
愛想はよくない。
「君も一緒に食べようか」
シーモアは気にせず促す。
料理は、味は悪くないものの、普段からシーモアが食べているものに比べ、素朴で芸術性の欠けた単純なものだった。
しかしシーモアはとても満足していた。
向かい側に座した淑女は慣れた手付きで食具を使い、上品に食事をしていた。
殊更気分がよくなる。
食事が終わるとシーモアは上機嫌でヨウムに言った。
「素晴らしい。素晴らしい成長だ。
あれから一年と少し。よくここまで成長したものだ。どんな魔法を使ったのか。
これならすぐにでも中等部への入学もできるのではないか?」
「ご冗談でしょう。生活は最低限困らなくなりましたが、まだまだ常識も知識もマナーも足りていません。
ブナは来年の春に初等部に入学させるのが良いでしょう」
ヨウムは別室でシーモアのローブをアイロン掛けしているブナを見ながら答えた。
*
それは1年と少し先の話。
ブナが成長するにはまだ時間が必要だった。
今はまだ、成長を始めたばかり……。
*
「時間は読めるだろうか」
「よめます!」
ヨウムの質問に、意外にも力強い返答が返ってきた。
ブナは時計を見る。
「今は……六時、七十分です!」
「君が時計を読めないことはよく分かった」
ヨウムはブナのために用意したお絵描き帳に針のない時計の絵を描いた。
「一人にして申し訳ないが、私がいない間は、起きたときの時計の針と同じになるように、この絵に描き留めていってほしい。
可能ならば眠たくなった時も同様に描き留めてくれると、より正確なデータがとれるので助かる」
試験体にするつもりはないが、とはいえ、ミスから回復する患者の記録は大事な情報だ。
データとして積み上げておきたい。
ブナは一つずつ頷きながらヨウムの説明を聞いている。
「それから、私がいない時はここの自習帳から好きなのを選んで進めておこう。進めた自習帳は帰ってきたら確認しておく。
お腹が空いたり、喉が渇いたら食料棚から好きに選んで食べていい。茶やパン、スープ、果物など食べやすいものを入れておいた。
ここにあるものは自由に使っていい」
用意した折り紙や粘土、色鉛筆などを見せる。
「以前言ったように、家の中のものは鍵がない所なら自由に使っていい。
くれぐれも無理はしないように。眠たくなれば眠ること」
「仕事……は?」
ブナが不思議そうな表情で聞いてきた。
「仕事は……何をすれば良いですか?」
ヨウムは考える。
働くことが日常だったブナには仕事がないことは落ち着かないのだろう。
何もないというのもかえって居心地が悪いのかもしれない。
「そうだな。仕事をする義務はない。
ただ、この家に住む一員として、協力してもらえると助かるかな」
そう言ってヨウムはこれからの生活のために掃除の仕方を教えることにした。




