おさえられないもの
「はい、2弦と3弦が鳴ってないよー。
あと6弦もちょっとビビってる。
もう少しちゃんと押さえようね。」
う、いや、これさ、Fを押さえようと思ったら出来るようになって来たのよ。
Fコードだけなら。
CからFとか、AmからFとかだと…こう、ビジャーンってなる。
「分かる分かる。
誰もが通る道やね。
俺も昔…多分そうだったもん。」
たまに昔の話をするから、記憶思い出してんのかなって思ってたけど、やっぱり曖昧なんだね。
うぉ、Bも鳴ってないところある?
「鳴ってないところあるね。
記憶かぁ。
何というか、不思議なことに物を見たりしたらそれに紐づいた記憶は掘り起こされるんだけど、どっか他人事な感じなんだよね。
ほら、ゲームとか映画観た時にさ、実際は自分の体験じゃないのにやった気になるじゃん?
そんな感じ。
はい、Am〜Em〜G〜D〜。」
へぇー。
なんかでっかいキッカケがあればドサッと思い出す事もあるかもね。
あぁ…Dの1、2弦ミュートが…。
鳴っちゃう!
鳴っちゃうよこれ。
「そうかもなー。
記憶って不思議なもんだよね。
ピッキングで鳴らさない方法もあるにはあるけど、ミュートの感覚は覚えておいた方がいいから、意識はしてくれな。
はい、Am〜F〜Em〜G〜。」
あぁ…Fが気になってEmがめちゃくちゃに…!
「あはは、そんなもんそんなもん。
aメロは今の繰り返しだから、とりあえず何回も弾いてね。」
あのさ、素人の僕がこんなこと言うのはアレなんだけど、ギターの音、もっとザリっとしてる方が好きなんだよね。
ザリっと?バリッと?
「…マジで何言ってるかわかんない。
えーと、エフェクターの感じとか、アンプの感じとかじゃなくて?」
分かんないけど、こう、パキッと?
「まるで素人の素人質問って答えるのめちゃくちゃ難しいな。
パキッと…バリッと…ザリっと…?
なんだろ、もっとブリッジ側を弾いてみるとか?
あーと、ブリッジってのは、ネックから遠い方ね。
弦の終わりの方。」
この辺かな。
おー、そうそう、こんな感じ。
ザリっと。
「あるよなー、好きな音って。
タケやん、目標にしてる音とかあるん?
音源あるなら聴かせてよ。
それに近い音のセッティングとか、弾き方教えてあげるから。」
いやだ、恥ずかしい。
「お兄さんに任せなさいって。」
いやだ、恥ずかしい。
「いや、普通に恥ずかしい事じゃないって。
どこに地雷持ってんだよ。」
いやだ、恥ずかしい。
「一点張りじゃねぇか…!
ま、いいけど、別に。
音楽には偏見ないんだけどなぁ。
アニソンでも電波ソングでも、民謡でも演歌でも良ければ良いと思う男よ俺は。」
あ、まだ聞きたいのあった。
あの、チキャチキャやつはってどうやって鳴らすの?
あとさ、曲の入りとかによく入ってるズワーンってやつは?
「…マジでわかんねぇ。
タケやんさ、擬音独特よな、多分。
黙ってお手本を聴かせろって。
この曲のここって言えって。
わかんねぇんだよ、タケやんのヘンテコ音楽擬音じゃ何を指してるかが。」
いやだ、恥ずかしい。
「…なんでその質問にだけはイヤイヤbotと化すのよ。
センシティブな部分が意味わからんくて怖いって。」
◆
「お邪魔しまーす。
マジで一軒家かぁ。
人生という単位で後輩に先を越された感が凄いわ。」
いやいや、僕は婆ちゃんの家を相続しただけだから。
そこのデカい机に道具広げちゃっていいよ。
ごめんね青井先輩。
急に手伝いに来てもらって。
月刊だから1人でイケるかと思ったんだけど、複雑な背景が必要でさー。
「全然いいよ。
仕事だし、師匠の仕事と被らなかったし。
つってもお前も背景描けるだろ。
そんな大変そうなん?」
夜景苦手なんだよ。
別に絵を勉強して来たわけじゃないから見た物は描けるんだけど、夜って雰囲気が大切じゃん。
それが大変で。
「勘に依るところがあるよな、夜の風景って。
…あれ?そういえばデルタって奴と一緒に住んでんじゃなかった?
お出かけ中?」
…おあー。
何で説明したらいいんだろう。
別に隠すような事じゃないんだけど…先輩って、怖い話平気?
「なんで同棲してる友達と怖い話が関係あんだよ。
まぁ、嫌いじゃないよ。
ほら、エンタメの世界では必要な項目だしな、そこにヒントも山ほど転がってるから。」
そっか。
じゃあ大丈夫だね。
実は、デルタはもう死んでるんだよ。
「え、怖…。」
あ、やっぱり苦手?
「いや、そんなんじゃなくって、同棲までしてる仲のいい奴の死を、ケロッと話すお前が怖いってタケ。」
そっち?
そんなこと言われてもなぁ。
出会った時にはもう死んでたから。
「どういうこと?
死体を友人としてるってこと?
なんか悩みとかあるなら聞くぜ?
いや、これは速攻入院コースだろ。
あれ?でもあれだよな、昨日…デルタの配信を師匠が聴いてたよな…アレは?
なにこれ、世にも奇妙な話?
どっかの暗い空間でタモリが前説とか話してる?」
なにそれ。
いや、普通に幽霊なんだって。
ほら、Vtuberとしてのデルタ、幽霊だろ?
アレは設定じゃなくって、マジなの。
幽霊なのよ。
「…は?
あー、そういうこと!
あはは!
手が混みまくってんな、タケ。
設定守るにしても、ある意味身内の俺まで巻き込まなくたっていいじゃねぇか!
何のサプライズだよ。
んで、どこにいるんだよ。
挨拶くらいするよ、俺。」
ずっと…いるよ…先輩の…うしろに…。
「え?」
「あ、どうもデルタっす。」
「え?」
本当に幽霊なんだよ。
電子機器を通すと何故か存在を主張できるんだって。
変だよね。
「変ってお前…。
アレだろ?どっかからマイクで声出してんだろ?」
そのスピーカー音源とつながってないよ。
Bluetoothとか対応してないし、線は出てるけど、追ってもコンセントタップにしか辿りつかない。
「マジかよ。」
「そうなんすよ、マジなんすよ。
ウケるよね。」
「マジかよ…!」
マジだよ。
「お前……マジかよ…。
そっかそっか、分かった、受け入れるわ。
受け入れるけど、ちょっとお手洗いお借りしますね。
別にビビってるおしっこ出そうな訳じゃないけどな?
普通にここに来る前、ビールしこたま飲んで膀胱ぱんぱんなだけだからな?」
…車で来てんじゃん、先輩。
入って来た扉出て、左に進んですぐの扉ね。
いってらっしゃい。
「タケやんさぁ…。」
何?
「ちょっと脅かそうとは思ったろ?
言い方がホラーっぽかったぞ?」
…まぁ……ゼロとは言えないかな。
でも先輩なら大丈夫だよ。
いい人だから。
「そうだな、いい人そうだ。」
分かる?
「俺ぐらいの幽霊になると、こう、魂の色的なやつで…。」
勘ってことね。




