営業のモーさん
「今日モーさん寄ってくって。
今日もカレーにしとくからってさー。
って、なにやってんのそれ。
何その箱。」
分かったよ。
分かったけど、なんで家主より先に来客情報を仕入れてんだ。
「俺、モーさんと結構やりとりしてんもん。
タケやんに連絡しても15%ぐらいの確率でしか返答ないから、俺経由の方が確実だろって。」
…それについては反論出来ないけども。
「いや、その箱なにさってのも答えてもらっていい?
箱に描かれたキャラからは、中身を想像出来ないんだよ。
魚?悪い顔した魚からその中身は連想不可能だろ。」
あ、これ?裁縫箱。
小学生の時に注文して授業で使ったでしょ。
シャツのボタンが取れちゃったから付け直そうと思って。
中身はたしかに連想不可能だね。
これはバスだし魚のバス。
裁縫と関連性皆無だもん。
「おぉー、あったわ。
でもなぁ、それ選ぶのはセンスないわ。
バス?なんでブラックバス?
特定外来生物を表紙に持ってくることなんである?
男は黙ってドラゴンだろ。」
ドラゴン?
アレ選ぶのだけはないわ。
統計ではドラゴンを選んだ男子の75%が未婚で終わるらしいらよ。
「適当な統計出すな。
魚の方がないだろ。
100歩譲って釣具入れなら分かるけど、裁縫とバス釣りになんの関係もないじゃん。
チグハグ箱じゃん。」
青色の箱がこれしかなかったんだよ。
小学生の頃の僕は、全ての持ち物を青色にしてたんだよ。
理由はないけど、なんかこだわりだったんだ。
「色で選んだのね。
分かるわぁ。
なんか子供ながらにってか、子供だからか異様なこだわりあったよな。
マイルール的なノリな?
色で選んでデザインはどうでも良かったってことね。」
そ。
見た目もサメ顔の戦闘機みたいでかっこいいと思ったんだよ、当時な。
「そんなやつがイラストレーターやってるとか、人生っておもしれーな。
…あ、モーさんってさ、裁縫箱何選んだのかな?」
…なるほど。
冴えてんじゃん、デルタ君。
これは性差出るよね。
小さい頃なんて男らしいとか女の子っぽいとか、めちゃくちゃ気にするもん。
小学生男子がピンク色のハートまみれの箱は選ばないし、女の子がドラゴンを選びはしない。
そういうことだろ?
「うん。
これでモーさんの性別、測れるな。」
◆
よっす、モーさん。
見てよこれ、懐かしくない?タケやんが小学生の頃に使ってた裁縫セットなんだって。
「おー、物持ちええなぁ、タケは。
よう残ってたわ、そんなもん。」
なー。
「僕は裁縫道具だけじゃなくて、原稿切る時に使うハサミとかなんて幼稚園の頃に使ってたやつだからね。
セラミック製みたいで、切れ味落ちないのよ、コレ。」
時代なんか、小さい頃使ってた道具の方が質がいい気がするよなぁ。
「せやなぁ。
完成されてるもんやもんな、ハサミって。
枯れた技術って言うんやっけ、そういうの。
そういうもんは最新式よりも昔のやつを直して使った方が質がよかったりするよなぁ。
デルタ君は生前楽器やってたんやろ?
ギターとかもヴィンテージの方が高いやん。
アレってさ、音が良かったりして高いん?」
いやー…。
本気で説明すると長くなるけど、乾燥してる木って貴重らしくてさ。
最高の状態の木材が、初期の頃に使い切っちゃった説があんのよ。
それと、今弾いてるヤツらが憧れた音って古い当時の音じゃん?
だから望まれてんのも60年代とか70年代のやつでね。
当然古ければ手入れされ続けてる楽器は減る。
数が少ないのに求められ続けてるから高いらしいよ。
「はえー、そういうのいっぱいあんねやろな。
タケの使ってるGペン軸とか、シャーペンとかも、コレじゃなきゃあかんってなったら多少高価でも買うもんな。」
「古いだけで価値があるっていうもんね。
ほら、最近デルタが見てるカード開封の動画。
あれも最初期版なんて家立つ価格で取引されてんでしょ。」
らしいなぁ。
古くなったからって魅力が減るもんの方が少ないかもなぁ。
俺も生前さ、爺さんになってもバチバチにキメて、革ジャンとか着てさ、老人ホームに入るって決めてたもん。
死んだから叶わずだけど。
「せつな…。
ふわっと死を持ち出すなや…。
生きてる方はなんて言ったらいいかわからんわ。」
はは、別になんとも思ってないよ。
そう出来たらカッコよかったなって、それだけの話だから。
「それはカッコいいね、確かに。
進歩して良かったものもあるけどね。
僕でいうと、印刷技術なんて格段にあがってるからさ。
昔、漫画描いてた頃なんて繊細な細い線は印刷に載らないから、描いても無駄だったりしたんだけど、今はちゃんと刷られるもんね。」
「せやんなぁ。
昔の漫画読んでたら謎の空白地点とかあるもんな。
髪が急にハゲてたり。
編集者になって保管されてる原稿見せてもらった時、あまりの出来に触るのもビビったわ。」
分かる。
タケやんの絵ってさ、半分デジタル、半分手描きじゃん?
デジタルは戻せるからともかく、手描きした方はなんつーか、ちょっと素人が触って良いもんにはみえないんだよな。
「そう?雑に扱わなけりゃあ、別になんでも良いんだけど。
それこそ世に出た後のモノは捨てる派だし。」
本人はそりゃ良いかもしれないけど、他人が触れちゃいけない気がすんのよ。
気持ちは分かるけどな。
ほら、俺も音楽は作るけどさ、作品の粗って、作者にしか分からんじゃん、多分さ。
ここもう少しこうやっときゃ良かったなとか、ここ雑だったな、とかは作者しか気にしないのよ。
だから見返すことがないよなぁ、自分の作品が一番。
恥ずかしいし、作品の魅力を再確認する前に後悔の方が先に来るし。
「そういうもんなん?
ボクは編集者として携わってるから、担当したもんは全部尊い思い出として残っとるけどな。
タケは、ディーン、どうでもいいモンとして残っとるん?」
「ディーンは成仏し切れなかったから、ちょっと別かなぁ。
その後はストーリーとかはないし、仕事として望まれた絵を提出するだけだから、思い入れはそんなにないけど、
もちろんその時は真剣にやってるけど、世界全てが自分の手の中ってものとは、やっぱり心意気が違うよ。
ま、受け入れたのは最近だけどね。
ほら、デルタの配信に来てくれる人の中に、まぁまぁの数ディーンファンがいるから、見ないフリだけじゃダメかもなってさ。」
ふぅん、そっか。
…なんか、ノリで始めたVtuberだけど、タケやんがそう思っただけでもやった甲斐があったわ。
「…ありがとな、デルタ君。
あのな、タケ。
ディーンの再販と、続編の話が来とんねんけど、どうする?」
…おぉ、今その話するか、モーさん。
確かに後回しにして何かがよくなるもんでもないけど…。
話し出すのに勇気はいるね。
編集者として、雑誌の、自分たちの都合で見殺しにした作品に対しての罪悪感は、きっと誰よりも持って生きてきたのだろうから。
「再販は別にいいよ。
新しい表紙ぐらいは描くし、よくある完全版のあとがきみたいなのだって書くけど…。
だけど…続編?ディーンの?
誰が買うのさ、6年以上前に終わった、不人気の漫画の続きなんて。」
「終わってへんやん。
ボクらが止めさせてしまっただけで、ディーンは終わってへんやん。」
「終わったんだよモーさん。
当時の読者だって、終わったものとして語る作品だよ。
確かに成仏してないっていったけど、一度死んだら終わりなんだ、作品は。」
タケやんは。
タケやんはなー。
死んだんだろうな。
漫画家として、我が子を抱えたまま。
俺みたいに半端な存在になってウロウロさせずに、スパッと自ら。
自分の人生と、他人の作家人生を重ねるなんて我ながらどうかしてるけど、なんか、納得いくわ。
そういや俺、なんで幽霊やってんだろ。
「頼むわ、タケ。
続き描いてくれ。
読みたいんや、ボクが。
ボクが取り戻したる。
なんでも協力するって。
熱がなくなった訳とちゃうやん。」
「今更そんなこと言われても困るよ。
当時僕の作品に心を重ねてくれて人たちにも悪い。
勝手に、やっぱりやりたくなったから続きやりますってのは。
真剣に続きを描きたけりゃ、本当は方法なんて色々あったんだ。
同人で描けば良かったし、勝手に描いて、雑誌社に持ち込んでも良かった。
でも僕はそうしなかった。」
…あれ、いや、俺、楽しく幽霊やってんじゃん。
じゃあ、別に死んだら終わりって訳じゃなくね?
こうやってなんかの縁で、続いてもよくね?
「…タケ。」
モーさんの推しは、もう死んでる。
だけど、お化けとして続いてもよくね?
「再販は任せるよ…だけど…。」
あのさー、タケやんさー。
「なんだよ。」
続きの案とかはあんの?
「あるのはあるよ。」
だったら描きなよ。
「だからさ、聞いてたろ?」
聞いてたよ。
まぁ、俺もタケやんと一緒で死んでるからさ。
別にいいじゃん。
死んでからも続いても。
「…。」
幽霊が楽しそうにしてたってよくね?
「まぁね。」
考えてみたら?
「…安易に始めてさ。」
うん。
「2度殺すことになるのは、嫌なんだ。」
うん。
「そうだろ?読者が離れた後の、続き物。
誰が読む。
またすぐ、終わらせてくれってなるよ。」
うーん。
タケやんはさ、俺を追い出したりしてないよな。
なんで?
邪魔だろ、幽霊が家にいるなんて。
「いや、うん、楽しいし。」
それでいいんじゃね?楽しけりゃさ。
楽しけりゃ続くよ、多分。
「楽しければ。」
うん。
最悪さ、自分で言ってたじゃん。
どうにか世に出す方法なんて山ほどあるって。
タケやんが漫画家やってた時代よりも、沢山。
「まぁね、技術の進歩に感謝だ。」
そ。
俺もさ、Vtuberで稼いで沢山買ってやるから。
「雑魚Vtuberが言うじゃん。」
とりあえず1話描いてみたら。
描いて、楽しいかどうか、聞いてみたらいいよ。
自分に。
「はぁ。
…分かったよ。
モーさん、1話だけ描いてみるから、読んで。」
「おぉ、読むわ。
クソだったらボツにするけどな。」
「ボツになったら心折れそう。」
はは、ダメなモンを世に出すよりはいいでしょ。
「そうだね。」
モーさんの推しは死んでるけど、幽霊として歩き出した。
楽しい死後の生活だといいよなぁ。
◆
「あのさ、タケやん。
モーさん帰っちゃったじゃん。」
うん。
あー、お前のせいで漫画描くことになっちゃったじゃんかぁ。
うあー、気が重いよ、マジで。
「へへへ。
でも、良かったよ、俺も続き読みたいし。」
あ、そう。
あれ?デルタ、いつの間にディーン読んだの?
「モーさんにデータ貰ってさ。」
そうなんだ。
コソコソ隠れて2人でさぁ。
ま、楽しみにしててよ。
「それは心配してないんだけどさ、モーさん帰っちゃったって話をしてんのよ。」
ん?なにが?
帰るよそりゃ。
いつもより長居したぐらいじゃん。
「うん。
あのさ、裁縫セット何使ってたか聞きそびれたね。」
うわ、そうじゃん。
結局また性別不明のままじゃん。




