プシュケーの恋
『年長者の言う事に背いてはなりませぬ
年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
うそを言う事はなりませぬ
卑怯な振舞いをしてはなりませぬ
弱いものをいじめてはなりませぬ
戸外でものを食べてはなりませぬ
戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ
ならぬものはならぬのです』
それは、会津藩子供達の什の掟。
寺子屋から聞こえてくるその大勢の、子供ではなく大人達の声に首を傾げながら、彼は中に入った。
「会津藩士になりたいんだけど……。それを、復唱しないと、なれないわけ?」
そう尋ねた彼に、『柴五郎』とう名前の男が答える。
「そうだぞ。お前も会津藩に入りたいなら、この思想が好きなんだろ」
「まあ、時代に合わない所もあるが、それ以外は武士としての魂を感じるからな」
そうして、彼も什の掟を復唱し、無事にジョブをもらった。
「ところで、会津藩駐屯地はこの隣だからな」
そうして、彼は寺子屋を出て、隣の屋敷に入る。入ってすぐ、声をかけられた。
「黒田さーん」
甲高い声でそう声をかけてきたのは、『柴わん』と言う名前の女子だった。
最初、彼は無視した。
「あれ?なんで、無視するんですか?私悲しいですー」
そう言う彼女に、壁に掛けてある什の掟を指差した。
「えー、黒田さんと一緒がよくて、ここにきたのにー、いいじゃないですかー、話してくださいよー、仲間は別でしょ?」
その時、ふと、入り口から覗いていた『柴五郎』が答える。
「仲間はいいと思うよ」
余計な事を言うなよ。美奈子はスマホの画面をみながら、そう悪態をついた。
「そうですよ、仲間なんですから、仲良くしてください」
美奈子はチッと舌打ちをして、配信を閉じた。
携帯を乱暴に、ベッド横のテーブルに置くと、枕に顔を埋めるようにうつ伏せになり、『ムカつくー』と喚いた。
今日は、散々だった。大事な会議に後輩が遅刻、上司からは面倒をみている私が怒られ、本人はケロッとしてて、その後輩のせいで残業もしなければならなくなった。
この配信が観たいから、急いで帰ろうとして、途中で溝にヒールが引っかかって抜けなくて泣きそうになった。急いでたのに。
ただ、偶然近くを歩いてたイケメンが助けてくれた。良い人だった。真っ赤になりながら、お礼を言って、あわてて、家に帰ると配信はまだ始まってなくて、ホッとして、シャワーを浴びてご飯も食べ終わったぐらいに、配信が始まった。
嬉しかった。今日あった嫌な事など、全て吹き飛んだ。
なのに……。
あんな女、大嫌いだ。
正直私は、配信者の彼『ロン』さんにガチ恋リスナーだ。わかってる。99パーセントこの恋が叶う事などない。分かってはいるんだ。
けれど、同じ配信者だからって、あの人との距離感のバクった女はなんだ!
それまでのなんらかの関係があるなら、わかる。しかし、あっていきなり、なんなんだ!あの距離感!
もう、彼女に対する怒りしか湧いてこない。
だからと言って、彼女のアンチになるほど、理性がないわけではない。
我慢しかできない、この恋が苦しくて苦笑いする。
王子様なんていない。分かってる。私もいい年だし。アンチもしたいけど、大人としての理性がそれを止める。
もやもや、しながら、違う推しを探そうと、スマホを開いたけれど、どの動画みても彼以上のトキメキを得られない。
ふと、カーテンを開けて、空を見る。彼も同じ空をみてたらいいなと思いながら。
外は、星のない都会の灯りが揺れていた。




