第三話 見守り猫
レンガで出来た門柱の上で、猫が寝そべっている。
尻尾をだらりと垂らし、半分ほど目を閉じたまま、庭で魔法の練習をする弟子を見下ろしていた。眠っているようにも見えるが、薄緑色の目は、弟子の動きをしっかりと追いかけていた。
弟子は庭の真ん中に立ち、胸の前で、大きめのボウルを両手で持つようなポーズをしている。上に向けた手の平からは、小さな光の粒が、ふわり、ふわりと浮かび、目の高さまで上がるとぽつっ、ぽつっと弾けて消える。制御は安定している。高さも範囲も、問題ない。
「その辺りで十分じゃ」
近くで道具を整えながら、老魔法使いがのんびりと言った。
「はい。現在の出力なら、安全に展開できます」
弟子はそう答え、もう一度、同じ魔法を繰り返す。
猫は、尻尾の先を揺らしながら眺めている。
何度か成功が続き、無表情だった弟子の口元がわずかに緩む。次の魔法は、さっきより少しだけ勢いが増した。光は弧を描き、空へ散る。弟子の頭より少し高い位置で、花火のようにパッと広がった。
その瞬間、猫は半月状になっていた目をパチッと開いた。
弟子を見下ろしていた視線が、魔法の光と一緒に空へ。寝そべっていた姿勢から身体を起こし、光の粒を目で追う。
もう一度、魔法が放たれる。今度はさらに高く、きらきらと散った。猫の視線も、光と一緒に手の平から空へと動く。先ほどより、少しだけ首を伸ばして見上げている。
弟子は気づかない。
老魔法使いも、特に何も言わない。
もっと高く、もっと高く――
そのとき。
「ニャオンッ」
短くハッキリと、ひと鳴き。
弟子は、はっとして手を止めた。視線を下げて周囲を確認すると、ちょうど通りを歩いていた人影が、門の前に差しかかるところだった。
「……っ」
弟子は魔法を消し、深く息を吐く。危なかった、と内心で反省する。まだ修行中の身、失敗する恐れもある。
「さっきの、空に散る魔法」
通りすがりの人が、少し弾んだ声で言った。
「花火みたいで、きれいでしたね!」
老魔法使いは庭を一度だけ見回し、穏やかに答えた。
「そうか。楽しんでもらえたなら、何よりじゃ」
「ええ。いいものを見せてもらいました」
そう言って、そのまま去っていった。
弟子は息を整えると、今度は高さを抑えて魔法を展開する。さっきより慎重だ。老魔法使いは、やはり何も言わない。
門柱の上で、猫は大きくあくびをした。
それから再び身体を伸ばし、尻尾を垂らす。もう空は見上げない。
弟子が練習を終えて工房へ戻ったあと、老魔法使いは門の下まで歩いてきた。
「ありがとうなぁ♪」
そう言って手を伸ばすと、猫はすっと身を引き、門柱の上で向きを変える。
「なんじゃ~、つれないのぉ」
猫は答えず、丸くなった。
穏やかな日差しの中、庭にはまた、のんびりとした時間が流れ始めていた。




