第二話 魔法書を読む猫
老魔法使いの工房では、猫が魔法書を読む時間がある。
猫は弟子の横にちょこんと座り、開かれた魔法書を覗き込んでいる。
茶色のしましまの毛は、日向ぼっこを終えたばかりだからか、いつもより少しふくらんで見える。毛並みはふわふわで、陽だまりの匂いがしそうだ。
そして、くりくりとした薄緑色の目は、魔法書の挿絵と文字の間を、行ったり来たりしている。
弟子は最初、偶然だと思った。
猫が視線を動かしたのは、たまたま自分がページをめくったからだと。
カサ……、パサリ。
弟子がページをめくると、隣にいる猫の耳がピクリと動いた。
猫の視線が、新しいページの一番上に移動する。指が本を押さえる音に反応したのかもしれない。
けれど、三回目で偶然ではないと判断した。
猫は、挿絵から文字へ、文字から文字へと、正しく視線を動かしている。
いわゆるケットシーの絵にある、黒い毛並みでも、金色の瞳でもない。どこからどう見ても、ごく普通の、少し毛並みのいい猫だ。
弟子は、作業台で薬草をトントンと刻んでいる老魔法使いの方を振り返った。
「師匠」
「なんじゃ」
「この猫は、ケットシーですか?」
老魔法使いは、薬草を刻む手を止め、しばらく沈黙した。
目線は、薬草を押さえている手元から動かない。
「……さての」
猫は気にせず、ページの下の方を眺めている。
「……それは、ワシが魔法使いになる前からおる。少なくとも、正しい手順で生まれたもんじゃない」
それだけ言って、また薬草を刻み始める。
「師匠って、何百年くらい生きてるんですか」
「そんなに長く生きとらんわい」
猫は、ふいにあくびをして、ゆっくりと丸くなる。
魔法書の上で、ちょうどいい場所を見つけたようだった。
「……そこ、今から読もうと思ってたんだけど」
弟子が言うと、猫は尻尾をパタン、と一度だけ動かした。よける気は無いようだ。
弟子は静かに魔法書を引き寄せ、猫をどけると別のページを開く。
工房には、紙をめくる音と、刻み終えた薬草の香りだけが残った。
どこかで、猫が身じろぎした気配がした。




