第2話 フォルドア
先日、 俺はカラス連れのアシュレイドに遭遇……と言うよりは狙われたの方が合ってる。
そこにシルフォが来てくれた(呼んだ)為に助かったが、 確実に俺の家が知られてるのがわかった。
現在コントローラーを使用する事が出来ない俺は誰の助けも無ければとっくに死んでいる。
戦えもしないから、 母親を守る事だって容易じゃない。 むしろ最難関とも言える。
とまあそんな不安が有る中、 俺は今日も母親に頼まれて温泉卵を買いに来ている。
必要有んのか……?
「あ、 この前は申し訳ございませんでした。 いらっしゃいませ」
「ん? ああ……構わねーよ」
湯屋に入ると、 この前ボケた婆さんが俺に対して店員としてならん言葉遣いをした事などをその時一緒に居た店員らしい白眼・銀髪の女の子が謝罪して来た。
まあ仕方ねーと思うよ? 老人だし。 80近いんじゃねーの?
俺は番台付近でケースにしまわれていた温泉卵を1パック買うと、 空気の淀んだ外へ出た。
相変わらず気味が悪くなった世界だ──早くこの謎を解き明かさねーと。
「あの……」
「ん? 」
俺が少ししか歩いて無かった筈なのに、有った筈の学校を消し去り存在する川を見つめていると、 後ろから湯屋の店員である銀髪の女の子が来て申し訳無さそうに右手を胸に置いている。
少し、 微笑んでいる気もする。
俺は川から目を離し彼女へ視線を向けると、 俺はある事に気付いた。
──彼女は川を見ていたのだ。
それだけで何がおかしいか? それはとても簡単な事だ。
この川は元から有った訳じゃ無い。 だけど俺以外のこの世界の住人は元から存在していたと錯覚しているんだ。
それを見つめるのはおかしいのだ。
普通なら気にならない、話しかけたならそっちを優先出来る筈だ──彼女の目付きは険しく、 睨みつける様。
この顔は、 何かを言い出せない顔では無いから不自然なのはまず間違い無い。
「どうした? 」
「あ、すみません。ちょっと考え事を……」
「この川の事か」
肩が跳ねて驚いた彼女に追い打ちをかける様に質問する──予想通り彼女はさっきよりも数段驚いている。
これは何か知っているな。 何とか聞き出せないか……?
「この川……いつから有ります? 」
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「えっ」
予想外にも、 彼女は自分の方からこの川についてを話し始めた。
そしてその質問は明らかに分かっているが、確かめようとしているみたいだった。
つまり、この娘も完全には分かってないけど、他の人間達よりは知る事が多いって事だ。
「この川、 私の記憶だと1年前には無かった筈なんです」
意外にも記憶操作の類のものを食らってないみたいで、記憶を辿って行っている。
この娘は色々と役に立つかも知れない。
「ねぇよ。 これは、つい最近存在し始めた紛い物だ」
「ですよね……」
真剣な顔で頷くって事は、 やっぱり彼女の記憶は正常に程近い物。
この世界でもしかしたら唯一の手掛かりとなるかも知れない。
この、変化した世界の──。
「なあ、お前はどこまでなら知ってるんだ? この世界の事」
俺がそう問いかけると、彼女はキョトンとして首を傾げる。
やはり『この世界』という規模の事は全く理解しても、知り得ても無いみたいだ。
説明が毎度毎度面倒臭いな。
「詳しくは言えないけど、この世界は恐らく誰かに変えられた。 俺達はその誰かを倒す為に戦ってんだ」
今俺戦えないけどね。情報貰えりゃそれで充分。
「えと……1ヶ月程前、ですかね。私は学校に行こうとしたら、親がそんな物存在しないって……それで街中を見て回ったら全体変わり果ててて……」
「なるほどな」
残念ながら俺と殆ど同じで全く情報が得られなかった──訳じゃ無い。
1つ分かった事が有る。
それは、 変化が起きた日だ。
約1ヶ月程前……俺がここへ来るほんの数日前だ。
まるで俺からこの世界を遠ざけるかの様に誰かによって改造された。
俺はそう考える。
「ごめんなさい、大した事分からなくて。 同じ状況の人が居て嬉しかっただけなんです……」
「いや良いよ。 ちゃんと情報は得たからな」
彼女はまたまた首を傾げる。
そんなに首曲げてたら作者みたいに首の向き変わっちまうかも知れねーぞやめとけ。
それより、ビワの連中に知らせといた方が良いな。
「ん……? 」
俺が考え込んでいると、彼女の細い腕が俺の頑丈な胴体に巻きついていた──どんな状況?
何? どうしたコイツ。
彼女は暫く俯いたままで居た。
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「貴方は……いずれまたここを去ってしまうんですよね」
彼女は絞り出した様にか細い声で問うてきた。
いずれまたここを去る──確かに、 俺はコントローラーが治り次第ビワに戻るけど、何でコイツがその事を知ってるんだ?
「ああ。 戦わなきゃなんねーしな。あと仲間を探し出す」
「そうですか……」
彼女は再度か細い声を出すと、その手を放した。
でもその表情は今にも泣きそうな程辛そうで、何故かは分からなくても胸が痛んだ。
何か、俺達も関係してるんじゃないかと思って──。
俺と彼女の身長は約10㎝とちょっと。
だから俺は少し屈み、彼女に目線を合わせた。
「何か、有ったのか? 」
彼女は勢い良く首を振る。
痛くねーのかそれ。
「違うんです……私、この世界で1人生きていくってなると怖くて」
「1人? 婆さんとか居るじゃねーか」
そう言うと彼女はまた全力で首を振る──捥げるんじゃねーか? 怖ぇの俺だよ。
「だって、皆知らない人みたいなんですもん……! 本当に、1人に思えるんですよ! 」
彼女の大きな瞳からは大粒の雫が一筋流れ落ち頬を伝う。
そうか、 記憶が別だから誰と居てもその人だと思えないのか……俺と違って時間止まったりした事が有る訳じゃねーもんな。
俺はその涙を指で拭い、彼女の頬に両手を添える。
「良いか? 俺は暫く戦う事になるけど、絶対に戻って来る。全員を元に戻す。だからそれまで待ってくれ」
「それっていつですか……? 」
「分かんねーけど、嘘はつかない。だから信じていてくれ」
俺がそうやってごり押しを続けると彼女は一瞬黙り、頷いた。
その表情は不安が隠せずにいるが、ほんの少しだけ心に余裕を持てた様な気付かない程度の微笑みだった──。
俺は、今日この娘の表情を見て……この娘の心の声を聞いて確認した事が有る。
皆不安なんだ。俺らだけの世界じゃない。
──皆の為に、この世界を絶対壊させない。
日が暮れ、暫く一緒に街を歩いた俺と彼女はそろそろ別れる事にした。
「なあ、お前名前は? 俺はアウドラっつーんだけど」
「私はフォルドアです。アウドラさん、これからよろしくお願いしますね」
「おう、 フォルドア」
彼女から不安の色は消えていた──。
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──翌日、 俺のホログラムメール器が振動した。
勿論、シルフォからだった。
して内容は──
『アウドラ! コントローラーが無事治ったぞ! 今から迎えに行く! 』
「よし、やっとか」
俺は通信を切るとすぐに服を着替え、 歯を磨きビワへ戻る荷造りを始めた。
俺がリュックへ素早く物を詰めていると、背後から視線を感じた──母だった。
「……行くんだね、アウドラ」
母は腕組みをしながら堂々としているが、声は少しだけ震え、表情は悲しんでる様にも見える。
もしかしたら、死ぬ可能性の有る戦いに参加して欲しくないのかも知れない。
俺も出来たら殺し合いには参加したくないんだけど、コントローラーにマスターとして認証されちまったら戦う他無いんだ。
俺は母の方へ全身を向け、正座をした。
「行ってくる」
その一言だけを告げ、荷造りを再開する。
余計な情報を与える必要は無い。ただその一言だけを告げて、気を重くせずに送り出して貰えたらそれで良いんだ。
俺は、戦場へと再度向かう事を決意した。
「アウドラ、無理しないでよね」
「ああ。やれるだけやってくるよ」
──無理しないで……か。
流石にそれにはうんって頷く事が出来ないんだよな……何せ、無理でもしねーと倒せねぇ敵だからな。
無理でもしねーとこの世界は取り戻せねぇかんな。
だけど、一応返事をして俺は出て行った。
「アウドラさん」
目の前にはフォルドアが居た。
俺が今日出て行くだろうと先読みしていたらしいが、そんな事出来るのかすげぇなおい。
てかある意味恐い。
フォルドアは俺の手に1パック分の温泉卵を握らせ、『約束ですよ』と目を合わせてきた。
そして俺が頷くと、昨日の涙が嘘に思える様な柔らかい笑顔を見せてその場を走り去った。
……約束だ。絶対この世界取り戻すからな、フォルドア。
「アウドラ、ゲートを開いたぞ。さあ戻ろう」
シルフォに言われゲートをくぐって行くが、俺がビワに行くのを戻ると言うのは果たして合っているのだろうか。
俺は自身の世界へ一礼をくれてビワへ進んだ。
──そして、暗闇を抜けると視界は緑で染まる。
「帰って来たぜ皆。アシュレイドを倒すぞ!」
そして、レインを──。
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「お帰りアウドラ」
「帰ったか……また共に頑張ろう」
「新・ビジョン・コントローラーも完成してるよ! 」
「よぅし! 役者は揃った! 張り切って行くぞ!!」
シルフォは俺の方へ面を向け、和かに微笑む。
「行こうアウドラ。世界を救いに」
シルフォの言葉に、自然と緊張もする事が無かった。慣れた……って言うのはおかしい気もするが、今更そんな事を気に思う必要も無いんだ。
今まで通り……いや、もっともっと全力で立ち向かうだけ。
もっともっと強くなって、世界を取り戻すだけなんだ。
俺はシルフォに面を向けた。
「ああ、やるぞ」
俺の戦いは、再び幕を開けた────。