9 意味がわからない
仕事が終わり、家に帰ると凛がごはんを作って待っていてくれた。
「ねぇ、今度外でごはん食べよ?また新しい味が知りたい」
凛がそう言ってきた。
「いいよ。そうしようか」
私も凛には、色々な味を知って楽しんでもらいたい。どうしようかな。居酒屋にでも連れてってみるか。色んな料理があるから凛が好きなものもあるだろう。もちろん酒は飲まさないけど。
……。
……あれ……?
……私……なんだかんだで凛との生活を楽しんでないか?この前も色んなものを食べさせたいって思ったし……。
……まさかね。
こんなパピー、とてもじゃないけど私の手には負えないもん。
2人で寝る準備を済ませると、ベッドへと入った。
「またあんたここで寝るの?」
「うん。もうずっとここで寝る」
私は壁側を向いた。
「だめ。こっち向いて」
「なんでよ」
「寝かしつけてあげるから」
……。
私が凛の声を無視していると、凛はまた強引に私を向かい合うようにさせた。
「もうなんなの」
「ごちゃごちゃうるさいよモモ。そんなにしゃべってるとちゅーするよ」
私、別にしゃべってないじゃん。なんなら凛のことを無視してたじゃん。
「しゃべらないの?」
「だってしゃべったらキスするんでしょ?」
「あ、今しゃべった」
凛はそう言うと、私の頭を抱き寄せ、本当にキスをしてきた。それはちゅっとするような軽いキスだった。
……なんなの?こいつ。
「凛……あんた私のことが好きなんでしょ」
「あ、またしゃべった」
凛はまた私にキスをした。
「モモのことなんか好きじゃないよ」
「だったらこんなことしないでよ」
「またしゃべった」
……また……された。
「僕がモモのことを好きだったら、キスしていいの?」
……そっか……。
さっきの言い方だと、そういうことになっちゃうよね。
「お互いに好き同士じゃないとだめだろ?」
わかってんじゃん。
「モモは僕のこと好き?」
私は否定の意味を込めて首を左右に振った。
「僕もモモのことなんか好きじゃない」
凛はちゃんとわかってるのに、やることはメチャクチャだ。
凛は何がしたいの?
何を考えてるの?
私は黙ってそんなことを考えていると、凛は私の背中をトントンとし、子守唄を歌い始めた。
狭いワンルームの中、凛の子守唄と、キッチンに置いてある、中古で買った冷蔵庫の稼働音だけが響いていた。
……落ち着く……
……眠くなる……
私はまた凛に寝かしつけられた。
休みの日。
私はベッドに寝転がりながらぼんやりと考えていた。
凛は今日仕事だ。そのおかげで、ひとりでのんびりとできている。
私はどうしたいんだろう……。
最初はあんなに凛を追い出したかったのに、今は一緒にいることが、自然になってきてしまった。
うるさいとは思う。面倒くさいとも思う。うざいし、怒るし、嫉妬するし……。
ミートソースのパスタなんかを食べてる時とか、すぐに口の周りを汚すし、お煎餅を食べればボロボロこぼす。
でも……
あの笑顔、可愛いんだよな。
子どもみたいな無邪気な笑顔。
凛が笑うと嬉しくなる。
仕事の疲れなんか忘れてしまうくらいの威力が、凛の笑顔にはあるんだ。
それってつまり……
ないないないない。
やめてよ……あんなガキんちょ。
そう思いながらだるい体を起こすと、洗濯機を回しに行った。
仕事が終わり、帰ってきた凛を誘って居酒屋へと向かった。
メニューを見ながらコレが食べたい、コレも食べてみたいと楽しそうにしていた。
よかった。凛が楽しそうにしてる。
凛は「うんまっ。これもうんまっ」と言いながらたくさん食べていた。
それから凛の料理のレパートリーの幅はどんどんと増えていった。スマホを使いこなした凛は、色々とレシピを検索するようになり、和食以外にも作るようになっていた。
たまに失敗することもあった。そんな時、しょんぼりとする凛のことを、やっぱり私は“かわいいな”と……密かに思うようになっていた。
また別の休みの日のこと。
凛の方も雨が降っていて作業ができないからと、休みだった。
「ハンバーガーでも食べる?」
「ハンバーガー……食べたことない」
私はさっそくお昼にデリバリーを頼んだ。凛はよく食べるから、凛にはハンバーガーを2つ頼み、あとはサイドメニューも頼んだ。
ふと窓の外に目をやると、さっきよりも雨は本降りになっていた。
こんな時に注文しちゃって悪かったかな……。
私は配達員のことを思い、少しだけ罪悪感を覚えた。
注文したものが無事に届き、それらをテーブルに広げると、早速2人で食べ始めた。
「うんまっ。なにこれうんまっ」
凛は夢中になって食べていた。
やっぱり口の周りにはソースが付いている。別に食べ方が汚いわけではない。不快には感じない。ただ……下手くそなんだ。食べ方が下手くそ。何も気にせずにかぶりつく。だから口の周りが汚れるんだ。
私はハンバーガーが入っていた袋の中から、紙ナプキンを取り出すと、凛に手渡した。
すると凛は、「あとで拭くから」と言い、またハンバーガーにかぶりついていた。
「これめっちゃうまいじゃんっ」
「ははっ。よかったね」
「モモありがとう。色々美味しいものを教えてくれて」
「いえいえ。凛には美味しいものを、たくさん知ってほしいから」
「なんで?」
……なんで……
「モモは僕のことが好きなの?」
……。
「だからそう思うの?」
「好きじゃない」
「僕もモモを好きじゃない」
凛はそう言いながら美味しそうにポテトを食べていた。
窓の外からは、やっぱり雨粒が屋根やアスファルトを打ちつけている音が聞こえてきた。
ある日の夜中、違和感を覚えて目を覚ますと、鬼の凛が私に覆いかぶさっていた。もちろん、抱きついたりはしていない。私の体の横に手をつき、腕立て伏せをするような姿勢で、凛は私のことを見ていた。
それはカーテンの隙間から入ってきた、街灯の光でわかった。
「何してんの?」
「見てた」
「……」
「服、脱がせてもいい?」
「……だめに決まってるでしょ。バカなんじゃないの?」
「……」
凛は私から離れると、こちらに背中を向けて寝転んだ。
一体なんなの……?
意味わかんない。
やっぱり凛は、訳のわからない言動をたまにする。




