8 寝るからな
次の日、午前中には家を出て実家に向かった。
「2人ともおかえり」
母はそう言いながら私たちを出迎えた。
「ただいま、お母さん」
私が言うよりも早く、凛はそう言った。
リビングに行くと、さっそく母と凛は仲良く会話をしていた。
「ねぇ、凛くん。ツノ出して?」
凛は言われた通りにしていた。
「触ってみてもいい?」
「いいよ」
「わぁ、硬いんだね」
「ツノだからね」
2人はそんなやり取りをしていた。
私は2階の自分の部屋へと向かい、ドアを開けるとベッドに寝転んだ。
はぁ……やっとひとりになれた……。
凛は基本、隔週の土曜日と毎週日曜休み。私はシフト制だからほぼ平日休みで、ひとりの時間もちゃんとあるけど足りない。もっとひとりの時間が欲しい。
そんなことを考えてると、ドタドタとこっちに向かって走ってくる、足音が聞こえた。
お願い……
……来ないでぇ……。
そう思っているとドアが勢いよく開いた。
「なんで勝手にどっか行っちゃうんだよっ」
「部屋に来ただけだよ。あんたお母さんと楽しそうにしゃべってたじゃん」
凛は私の隣に寝そべった。
「ちょっとやめてよ」
「お昼寝するの?」
「そ。だからお母さんの相手してて」
「わかった」
凛はそう言うと部屋から出て行った。
……わりと聞き分けはいい方なんだよな。
私はそのまま色々と考えているうちに眠ってしまった。
──目を覚ますと……
目の前に凛がいた。目が合った。お互いに向き合うような体勢だった。
「あんたなにしてんの?」
「見てた」
「なんで?」
「見たかったから」
なんだこいつ。
「ねぇ。今日からベッドで一緒に寝ていい?」
「だめ」
「もう床で寝るの痛い」
「自分で大丈夫って言ったんじゃん。鬼だからどこでも寝られるって」
「体痛い」
凛は今までずっと床で寝ていた。
私はわざわざ布団を買うことはしなかった。早く出て行ってほしいから、凛にとって快適な環境にしたくなかった。
「寝るからな」
こういう時の凛は強引だ。
2人でリビングに行くと、ちょうど楓が帰ってきた。
「わーい。凛くんだ。今日は泊まるの?」
凛は私を見た。
「モモ、今日は泊まるの?」
「泊まりたいなら泊まれば?」
私は帰るけど。
「モモはどうすんの?」
「私は帰るよ。明日仕事だし。でも凛は明日も休みでしょ?泊まりたいなら泊まりな?」
「帰る」
泊まればいいのに……。
結局、夜ごはを食べると2人で自宅へと帰った。
「ちょっと。床で寝てよ」
「やだ」
「狭い。このベッドじゃ2人は無理だって」
何が悲しくて、大の大人がシングルベッドに2人で寝なきゃなんないんだよ。
「こっち向いて」
凛がそう言った。
「やだ」
「いいからこっち向いて」
凛は強引に、私の向きを変えるとそっと抱きしめてきた。
「暑いよ」
「いーの」
「凛、暑い」
「もうモモうるさい。黙ってて」
凛はそう言いながら私の背中を、優しくトントンとし始めた。
「なにやってんの?」
「寝かしつけ」
は?
すると凛は子守唄のようなものを歌い出した。
それは初めて聞く歌だった。歌詞に“鬼”という言葉が入っていたから、きっと鬼の子守唄なんだろうと思った。
……なんだろ……
安心する……
眠くなってきた……
私は凛が歌う子守唄で、本当に寝てしまった。
「おはよう」
出勤して制服に着替え終わると、吉野くんがそう挨拶をしてくれた。
「おはよう」
「この前のさ、あのピンクの髪の人、彼氏?」
「あー違う違う。拾ったの」
「は?拾った?」
吉野くんの大きな声が、2人きりのスタッフルームに響いた。
「そう」
私は経緯を吉野くんに話した。鬼のことは一応伏せておいた。
「危ないんじゃない?男女が2人、同じ屋根の下で暮らすだなんて」
……確かに。そう思うのが普通だよな。でも凛は手を出してこない。
「それは大丈夫」
「でも追い出したいんでしょ?」
「まぁね」
「……だったら彼氏ができたって言えば?俺が彼氏のフリをして挨拶でもしたら、さすがに出て行くんじゃない?」
たぶん逆効果だ。
凛のムスッと怒る顔が、容易に頭の中に浮かぶ。
「ありがとう。考えてみるよ」
「それにしても……立花さんて変な人だよね。人を拾うだなんて」
吉野くんは着替えるために、更衣スペースへと移動しながらそう言った。
「酔ってたからね。それに母は変人。血を受け継いじゃったのかな」
「ははっ。そうなんだ」
「そ。母の愛読書は妖怪図鑑」
着替え終わった吉野くんは、休憩のために用意されているテーブルに寄りかかるようにした。
てか着替えるの早っ。
「わぁ。興味ある」
「妖怪図鑑に?それとも母に?」
「お母さんに」
「残念。母は離婚してないよ」
「そういう意味じゃなくて」
とりあえず、まずはお金を貯めないと。




