7 いつの間に?
今日は遅番で、仕事が終わったのは22時過ぎだった。
「このあと、飲みに行かない?」
「いいよ」
スタッフルームで吉野くんに誘われて、そう返事をした。
凛は……別に大丈夫だよね?
私たちは帰り支度を済ませると店を出た。
「モモッ」
……凛がいた。
「なんで……」
凛は私の腕を掴んだ。
「帰るよ」
「いや、私今から飲みに──」
「飲みたいなら家で飲めばいいだろっ?」
いやいや……
何をムキになってんの。
「帰るよ」
「ちょっとっ」
凛は力強く私を引っ張った。
力すごっ……。
「放してっ」
「……」
「放してってばっ」
「やだっ」
やだって……
凛、怒ってる……。
「吉野くんごめんっ。今日は帰るねっ」
「あ……うん。またね」
こいつ……やっぱり男に敏感だ。
凛は繁華街を、ずんずんと進んでいった。
「ちょっとっ。あんたツノ出てるよっ?引っ込めてっ」
「モモが僕以外の男と仲良くするから……」
だからそれって……
「モモがいけないんだ」
「なんでよ……」
「僕以外の男と仲良くすんな」
「……私のこと好きなの?」
「好きじゃない」
じゃあなんでよ……。
「何で私の職場を知ってるの?」
「モモのお母さんに聞いた」
……お母さん……教えちゃったのか……。
「なんで店に来たの?」
「心配だったから」
「大丈夫だよ?」
「だめ。夜は危ないから」
家に帰るまで、凛はずっと私の腕を掴んでいた。電車の中でも、家までの帰り道でも。
ずっとムスッとした表情で、途中からは黙ったままだった。
季節はもう夏になろうとしている。
凛のペースで歩くと、ベタッとした汗がじんわりと滲み、とても気持ちが悪かった。
家に着き、凛は部屋に入ると……
「あいつ誰?」
すぐにそう聞いてきた。
「ただのバイトだよ」
「……仲良さそうだった……」
すると凛は私をベッドに押し倒した。
凛はツノを出したまま私のことを見下ろしていた。
「凛……」
「好きじゃない」
「わかったから」
「モモは僕のこと好き?」
「……好きじゃない」
「僕もモモのことなんか好きじゃない」
「だったらもうどいて」
「……」
「どいてよ」
なんだよ……こいつはホントにもう……。
「……なんで僕のこと好きじゃないの?」
「は?」
「なんで?」
「なんでって……そもそもタイプじゃないし」
凛はツノを引っ込め、すぐに私から離れた。その表情は見えなかった。途中から凛は、私に頭頂部を見せつけるかのように、項垂れていたから。
もう……どうすればいいの?こいつ……。
難易度高すぎ。
ベッドに押し倒すとか、一体何考えてんの?
凛のあの給料なら、数ヶ月もすれば引っ越し代貯まるよね?安いアパートだったら十分に足りるよね?早く追い出さないと。
私は凛から受け取った給料から必要な分だけを抜くと、あとは手をつけずに取っておいていた。
だからそれが貯まったら……。
凛は私から離れたあと、家を出て行ってしまった。
このままもう、帰ってこなきゃいいのに。
まぁ……もういいや。
放っておこう。
だけど結局凛は、5分もしないうちに帰ってきた。
それからはまた、日常に戻った。
「おかえり」
「ただいま。はぁ……疲れた」
本当に疲れた。しかし、なんでうちの店はあんなに混むんだ?他の店舗はちゃんと波があるのに、うちの店はオープンからわりと忙しい。まぁ、場所が場所だしな。仕方ないか。
「お疲れさま」
「凛も疲れてるでしょ?体を使う仕事だし」
「全然。鬼だから体力もある」
「……そうなんだ」
鬼ってすごいな。私も鬼の血が欲しい。
「明日休みになった」
「そうなの?私も休みだから一緒に実家に行く?」
「行く」
母が凛に“会いたい会いたい”とうるさかったから、連れて行くことにした。
でも母は凛としょっちゅうビデオ通話をしているようだった。
それはこの前判明した。
ある時家に帰ると、凛の楽しそうな話し声が聞こえてきた。それはこんなふうに──
「またお母さんの、手作りお菓子が食べたいな」
え?“お母さん”?
『嬉しいこと言ってくれちゃって。またいつでもおいでね。凛くんひとりで来てもいいんだからね』
……お母さんの声だ。
「ありがとう。でも行くならモモと一緒に行くから」
『ふふっ。本当に仲良しさんね』
「うん。仲良しだよ。この前ちゅーしたんだ」
は?
お前が勝手にしてきたんだろーが。
『あらあら。らぶらぶなのね』
「これらぶらぶなの?」
『だってちゅーしたんでしょ?』
「ふふっ」
こいつら2人とも頭沸いてんな。
そこで私は部屋に入った。
「ちょっとっ。あんたなんてこと言ってんのっ。お母さんもだよっ」
『あら桃。おかえり』
画面の中の母はそう言った。私は通話を強制的に終わらせ、凛に聞いてみた。
「なんでお母さんと電話してたの?」
「なんでってお母さんと話したいから」
「あんたから電話してんの?」
「ん?こっちからもするし、かかってもくるよ?」
──と、まぁ、こんな感じのことがあった。
私よりも早く家に帰ってくる凛は、その時間に母としょっちゅう電話をしていたようだった。たまに弟の楓とも。
なに私の知らないうちに、仲良くなってんだよ……。




