6 好きじゃない
朝からコンビニに向かい、履歴書を買ってきた。
帰ると早速、部屋の小さいテーブルに履歴書を用意し、教えながら凛に書かせた。
「ここに名前書いて」
凛は私の言う通り名前を書いた。
よかった。ちゃんと字は書けるんだ。凛を見ていると、もしかしたらって思ってたから。
……葉山凛太郎……
そういう名前だったんだ……。
私は出会った時に“凛”とだけ教えられていたから、今初めてフルネームを知った。
しかし太郎って……なんだか桃太郎を連想させるな。少し皮肉に感じた。鬼退治をした桃太郎……。私はそのままを凛に言ってみた。
「あ、鬼と人間が仲良くして僕が生まれたから、鬼の中では人間の代表格になってる、桃太郎の“太郎”を貰って、凛太郎にしたって父さんが言ってた」
なんか……生々しいな……。
鬼と人間が仲良くしてって……。
私はそれからも履歴書の書き方を教えた。
それにしても、きったねー字。
まあ、読めるからいっか。漢字もちゃんと書けてるし。
それから凛のスマホで職探しをし、いくつか凛に合いそうなところをピックアップした。それらの情報を凛と確認し、何件かに応募した。
次の日から、凛は面接に行くようになった。
大工さんの面接に、何を着ていけばいいかわからなかったから、とにかく小綺麗にし、新しく買ったカジュアルなジャケットを着させることにした。
「髪の毛、黒に戻した方がいいんじゃない?」
以前私はそう言った。
「これ生まれつき」
……この薄ピンクが……?
確かに、初めて会った時から1ヶ月近くは経ってるのに、凛の髪の根元は黒くなっていなかった。
「父さんが赤髪なんだ」
それからお母さんのことも教えてくれた。
どうやらお母さんの血はほぼ人間だけど、遠い先祖に鬼がいて、それの影響でお母さんは銀髪なんだと言っていた。突然変異的な何かだと……。
そういうもんなのか……。
もし髪色が原因で面接に落ちるんだったら染めてあげよう。
……でも……それももったいないな……。
せっかくこんなにキレイな色なのに。
髪色くらいで断られるなら、そんなところ、こっちから願い下げだ。
だってこんなにもキレイなんだもん。染めてる訳じゃないんだから、それを理解してくれないなら、そんな所で働く必要はない。
まだ貯金には余裕がある。
最悪お母さんにも頼れる。
大丈夫。
凛には気持ちよく働ける場所で働いて欲しい。
「モモッ。受かったよっ。見習いだけど大工の仕事受かったよっ。明日からだってっ」
ツノを出して喜んでいる凛が、仕事から帰ったばかりの私に抱きついてきた。
それから私の頬を両手で包み込むと、ちゅっとキスをした。
「なにしてんのっ」
私は自分の唇を、手の甲で拭いながらそう言った。
「父さんは嬉しいことがあるたびに、母さんにこうやってキスしてたから。そうじゃなくてもしょっちゅう“チュッチュ、チュッチュ”してたよ?」
……私はあんたの嫁じゃない。
そう思いながらも私は嬉しかった。
すごく……嬉しかったんだ……。
だって……
これで……
これで……
回収できる。
今までこいつにかかった金を回収できる。キッチリ回収してやる。
家賃、光熱費、食費、衣服代、その他諸々の生活費。キッチリと回収してやる。
次の日から凛は、朝早く家を出て行った。朝ごはんを作り置きして……。
……ありがとう。
凛なりに、お礼をしているんだと思った。
凛が作る料理はいつも和食だ。どうやらそれで育ったようだった。
野菜はほぼ買ったことがなく、自分の家で作ったものや、近所からのもらいものが多いようだった。
物心がついた頃から、凛は野菜の作り方をお母さんから教わり、凛が大きくなるとその役目は凛になったと言っていた。
肉は村の人が狩りをした肉を食べていたんだと。熊や猪、鹿などの肉を食べて育ったらしい。
鶏なんかは育てていたようだった。
だから豚肉や牛肉は、こっちにくるまで食べたことがなかったと言っていた。
これからたくさん、凛に色んなものを食べさせてあげたいな。色んな調理法があって、色んな味付けがあるんだよって……教えてあげたいな。
凛は頑張っていた。
頑張って働いていた。
凛は見習いとして忙しい毎日を送り、気付けば一か月が経とうとしていた。
少し日焼けをした凛は、日に日に体つきも変わっていった。筋肉がつき、たくましくなっていた。
「筋肉つくの早すぎない?」
「だって鬼だから」
……そういうもんなのか……。
これ……お母さん喜ぶな。
母は少し筋肉がついている男が好きだ。
今の凛を見て、凛は母の理想そのものだと思った。
近々、連れて帰ってみるか。
「モモ、これ僕の給料」
ある日、仕事から帰ると、凛はおもむろにそう言った。
「……え……?」
「このままここに住んでもいい?」
凛が現金の入った封筒を手渡してきた。
中身を確認すると、私が稼いでる金額と同じくらいの現金が入っていた。
「何これ」
「だから僕の1ヶ月分の給料」
「なんでそれを私に?」
「生活費」
……生活費……。
にしては多すぎる。
「多いよ」
「んー?父さんは全部母さんに渡してたよ?」
こいつの基準は全部“父さん”なんだな。
「自分のお小遣いは?」
「必要な分はもう抜いた。それ以上必要になったらモモに相談するから」
ってことは、私よりも稼いだのか。
「何か欲しいものとかあるでしょ?」
「ない」
「友達作って遊びに行けば?」
「いい。モモがいるから」
……もうそれって……凛は私のことが好きってことなんじゃないの?
「私のことが好きなの?」
「好きじゃない」
「……」
「好きじゃない」
“好きじゃない”……。
凛はまたハッキリとそう言った。




