5 は?
「おはよう。今日は飲みに行ける?」
バイトの吉野くんが声をかけてくれた。
「行く行くっ。今日は大丈夫」
仕事が終わり、2人で居酒屋へと向かうと、早速注文をして乾杯をした。
あー楽しい。
凛が家にいないから、気兼ねなく楽しめる。
勝手に引き出しを開けられることもないし、お金の心配をする必要もない。
お母さんありがとーっ。
私に平穏が戻った。
快適すぎる。
あの訳のわからない、パピーの相手をしなくていいんだ。
「どうしたの?ニッコニコじゃん」
「ちょっとね、いいことがあって」
私はお通しの枝豆を食べながらそう答えた。
「なになに?彼氏でもできた?」
…………。
……そもそもいいことなんてないや。元に戻っただけだった。
「違う。今思うと、別にいいことなかった」
「ははっ。なんだそれ」
この日は、お酒やおつまみを楽しみ、吉野くんとの会話も盛り上がった。
そんな感じで私の穏やかな日常が、10日ほど過ぎた。
だけどある日……
仕事から帰宅するとヤツがいた。
家の目の前に。
なんで……。
凛は私を見るなり抱きついてきた。
「僕を置いていくだなんて……」
凛は怒っていた。
ツノが出ていた。
「早く鍵開けて」
「なんでここにいるの?」
「早く開けてっ」
私は仕方なく鍵を開けた。
「僕の家はここなのに」
「違うよ」
「ここなんだよっ」
なんでよ……。
「どうやってここまで来たの?」
「バスと電車で」
うそ……。
そう思ってると母から電話が来た。
家の中でも、まだひっついている凛を剥がして、外に出ると通話ボタンをスライドした。
「お母さん、これどういうことっ?」
『あらあら。その様子じゃちゃんと、凛くんは帰れたみたいね』
帰れたみたいって……別にここ、凛の家じゃないし。
「何で凛がここにいるのっ?」
『あの子ねぇ、桃が帰ったって知ったら泣いちゃったの。それからずっと元気がなくて、3日前かな?とうとう夜泣きしちゃったのよ』
夜泣きって……
『別におぎゃあおぎゃあ泣いてたわけじゃないよ?ママ、夜中にトイレに起きて、凛くんの部屋の前を通ったら、ぐすんぐすん泣いててね』
子どもか……
『話を聞いたら桃に会いたいって言ってたから、ママ、凛くんにスマホを買ってあげて──』
は?
スマホを買い与えただと?そんな義理ないでしょ。
それからスマホの使い方を教えて、乗換案内のアプリを入れ、マップの使い方も教えて……
それでか。
それでここまで来れたんだ。
余計なことしやがって。
「お母さん、私まだ嫁入り前」
『もう凛くんでいいんじゃない?あんた気が強いから、なかなか彼氏できないでしょ?口も悪いし、性格もよくないし。凛くんならカッコいいし、素直な子だし、ママ鬼好きだし。それに、そもそも桃が拾ったんじゃない』
はぁ……
「ワンルームなんだよ?ここに2人はキツいって」
『じゃあママが仕送りするから引っ越したら?』
何でそうなる……?
『とにかく凛くんは桃と一緒にいたいみたい』
そう言われても……
『あ、今日はパパが帰ってくる日だからまたね。今パパが大好きな天ぷらを揚げてるのっ。ふふっ』
母はそう言って電話を切った。
家に戻ると、また凛は私に抱きついた。
「拾ったんだから最後まで面倒みろよ」
なんで上から目線……。
「僕は父さんからそう教わった。子どもの頃、猫を拾って帰ったら、最後までちゃんと面倒を見るように言われた」
お前は猫や犬じゃねーだろ。
あー……もう面倒くさい。
今日はお店が忙しかった。
いつも忙しいけど酔っ払い客の相手をして、すごく疲れていた。
もう……いいや。今日は何も考えたくない。
「ちゃんと仕事するから」
「はいはい。わかったから。今日は疲れたからすぐ寝る。邪魔しないでね」
「わかった」
凛は本当に静かにしていてくれた。
また、凛との生活が始まった。
凛はテレビを見ながら「ねぇモモッ、あれ何?」、「これは何?」と色々聞いてきた。
うるさいな。
私はスマホの使い方を教えた。こうすれば色々と調べられるよと。凛はすぐに使いこなしていた。
「あんたさ、人間より力持ちなんだよね?」
「そうだよ?」
凛はそう言うと、軽々と私をお姫様抱っこした。
抱っこされてわかった。
本当に軽々と……という感じだった。
だったら引っ越し屋さんとか大工さん、鳶職なんかが向いてるんじゃないかと思った。
明日は休みだし、凛の仕事を探してみるか。
私はそんなことを思いながら眠りについた。
寝ていると、違和感を覚えて目を覚ました。カーテンからは光が薄っすらと漏れている。明け方ってところだな。
私は目線を違和感の場所へ移すと、そこには凛の姿があった。凛は私のベッドに突っ伏して眠っていた。まるで私のことを看病して、うっかり寝ちゃいました……みたいな感じで。もちろん私は、風邪なんてひいてない。
寂しいのか……?
それとも……
そんなことを考えていると、凛が目を覚ました。
「そんなところで何やってんの」
「別に」
「寂しいの?だったら実家に──」
「モモがいるから寂しくない」
「…………私のことが好きなの?」
「……好き……?」
凛はポカンとしてそう言った。
はぁ……。
またそれかよ。
あー……なんだ?
あれか?
今まで誰かを好きになったことがないから、私への気持ちがなんなのかわからない……的なやつか?
私に会いたくて夜泣きしてるくらいだし……。
もーわけわかんない。
「凛って初恋いつ?」
とりあえず、人を好きになったことがあるのか確認してみよう。私はそう思い、そんな質問をしてみた。
「んー?10歳の時。同い年のマリア。引っ越しちゃったけどね」
……じゃあ好きって気持ちはわかるんだな……。
「凛は私のことが好きなの?」
「なんでそんなことが気になるの?」
「なんでって……」
凛が私のことが好きなら、一刻も早くここから追い出さないと。
「好きじゃない。これでいい?」
凛はハッキリと私にそう言った。
“好きじゃない”
……なら……いいんだけど……。
私は話題を変え、凛の仕事の話をした。
「細かいこととか得意?」
「得意」
じゃあ……大工さんとかいいんじゃない?力仕事だし、きっと細かいこともたくさんするだろうし、何より手に職がつく。
あー……まだ眠い……
もうひと眠りしたら、履歴書を買いに……──
「モモ?」
……クソ……今、眠れそうだったのに。




