4 ある日、鬼を捨てました
「ねぇ、僕モモと一緒に働きたい」
絶対やだ。
「今募集してないからそれは無理だよ」
「じゃあ働かない」
「そんなこと言うなら、ここを追い出すよ」
「やだっ」
本当に子どもっぽいなぁ……
「あ、次の休みの日に実家に帰るんだけど、一緒に来る?」
「行くっ」
実家には母と10歳年下の弟がいる。弟も母に影響され、鬼や妖怪が大好きだ。
2人とも、きっと喜ぶはず。
ちなみに父は今、単身赴任中だ。
「ねぇ、そのツノってさ、自分で出したり引っ込めたりできるんだよね?」
「できるよ」
凛はそう言うとツノを出した。
本当に鬼なんだな……。
純血の鬼にはそれができないと言っていた。
そういうもんなのか。
自分は人間とのハーフだから、自由にツノを出したり引っ込めたりできるのだと。
だから凛のお父さんは引っ越しに対して前向きではなかったと。こんな自分が街に出ればすぐに鬼だとバレて、どんな目に遭うかわからないからと言っていたらしかった。それは凛にも言えることだ。
それもそうだよな。
興奮するとツノが出るだなんて、そんなことが街の中でおこってしまったら、大変だ。
でも子どもだった凛は、それがよくわからなかったらしい。だって村では人間も鬼も、みんな仲良くしてたからと教えてくれた。
時計を確認すると、もう家を出ないといけない時間になっていた。
「引き出しの中、漁らないでね。大人しく待っててね」
「ふふっ。はぁーい」
いい返事だけど……本当に大丈夫か?
そう思いながらも、私は仕事に向かった。
休みになり、私は凛を連れて実家へ向かった。
電車に乗り、1回乗り換えをすると最寄駅で降り、バスに乗った。約1時間の距離だ。
凛はずっと楽しそうに景色を見ていた。
時おり窓を指差し、「モモッ、あれなに?」と聞いてきたけど、私が見る頃にはもう景色が流れ、凛が何を知りたかったのかが、わからなかった。
バスを降り、足早に歩く。
「ちょっとモモ、足速いよ。もっとゆっくり歩いて」
私はそんな凛の声を無視した。早く家に帰りたくて、気持ちが早まっていた。
「はい着いたぁ。ここだよ」
ここは閑静な住宅街。うちは二階建ての戸建てだ。
「ここがモモの実家かぁ」
私はカードキーをかざし、ドアを開けた。
「お母さーん。ただいまぁ。連れてきたよー」
玄関に入ると、私はすぐにそう言った。
「やーんっ。楽しみにしてたの。鬼なんだって?」
母はそう言いながら小走りで玄関に来た。
「正確には鬼と人間のハーフなんだって」
「そうなの?ずっと鬼に会ってみたかったから嬉しい。まさか本当にいるだなんて」
「ほら凛、ツノ出してみて?」
凛は私の言う通りにした。
「わぁ、本当だ。ママ嬉しいっ。ほらほらっ。早く上がって?」
私と凛はリビングに向かった。
母はソファに座る私たちに、お茶とお菓子を出してくれ、凛のことを興味深そうに見つめていた。
それから凛は私に話してくれたように、鬼の話を母にしていた。
そこへ弟の楓が学校から帰ってきた。楓にも鬼のハーフを連れて行くと予め教えていたから興奮して帰ってきた。
「お姉ちゃんっ。もう帰ってきてたのっ?」
「おかえり楓。こいつが鬼のハーフの凛だよ」
「わぁ、すごいっ。凛くんよろしくね。俺は弟の楓です」
凛と楓はあっという間に仲良くなった。
2人の会話を聞いていると……うん。どっちも小学生みたいだった。凛は楓に合わせて話しているという感じではなく、凛そのままの等身大で、楓と話しているように感じた。
私は3人が楽しそうに話しているのを、背中で聞きながら夜ごはんを作り始めた。
ダイニングテーブルに料理を運ぶと、4人で楽しく話しながらそれを食べた。
はぁ……久しぶりの実家はホッとすんな。変な母と、変な弟だけど、やっぱり2人の顔を見ると落ち着く。
ごはんを食べ終わると、私は凛にお風呂に入るよう促した。
「凛くんっ、俺と一緒にお風呂入ろう?」
「ふふっ。いいよ」
凛がお風呂に入ったのを確認すると、私は母に凛の洋服一式が入ったカバンを手渡した。
今しかない。
「あとはよろしく頼んだ」
「おっけー。任せといて」
「あいつはまだパピーだ。躾のしがいがあるから、楽しい毎日になると思うよ?」
「ママ楽しみっ」
「あと、あいつはニートだ。何か仕事をさせて」
「はいはーい」
私はその隙に実家を出て、自宅へと戻った。
私は……
凛のことを母に丸投げしたのだ。
ここへ来る前、母には全ての事情を話していた。母は喜んで二つ返事でOKしてくれた。「ママが面倒みてあげる」と言ってくれた。
……さすが変人。
子どもの頃は、こんな母の変人っぷりを嫌に思うこともあったけど、今となっては大感謝だ。それに楓も母に似て変人ときたもんだ。
あそこなら凛は、楽しく暮らせるはず。
私は家に着くと、うっきうきでハイボールを飲んだ。
こんな狭い部屋に、2人で住むだなんて息が詰まるんだよ。着替えだって気を遣わなきゃなんないし、プライベートもクソもない。
はぁーっ。
せいせいしたっ。
やっと私の一人暮らしが戻って来た。
あんなの拾うんじゃなかった。
でも、もうこれで安心だ。
凛はお金もなければ、こっちにひとりで戻ってくる術もない。
凛はひとりで電車に乗れない。
乗り換えもあるし、きっとここまで辿り着けない。
まぁ……
たまに会いに行ってやってもいいかな。




