3 拾わなきゃよかった
次の日、凛の希望通り街中を案内した。
凛はキョロキョロと周りを見渡しながら、子どものように色々なものを指差しながら、質問してきた。
「モモーっ、あれ何?」
「クレープ」
「あれは何?」
「電動キックボード」
「楽しそう……」
「ほらもう行くよ」
「ねぇねぇ、あれは何?」
あーうざ。
凛は知らないことが多すぎる。
バスも電車もひとりじゃ乗れない。
それに大の大人がこんな感じではしゃいでいるのも、恥ずかしかった。
田舎者のレベルじゃない。
まるで初めて人間界へ降り立った何者かのようだ。
テレビは子どもの頃にはあったようだけど、凛が引っ越したいと言うようになってから、家からなくなったと言っていた。
だからあんなにテレビが好きなのか。
きっと色んな情報を遮断したかったんだ。村に凛を留めておきたかったんだ。
凛の両親は、凛のことを守りたかったんだ……。
この日はバスや電車の乗り方を教えた。
「ねぇ、ラーメン食べたい」
どうやら凛は、お店でラーメンを食べたのはあの時が初めてだったようだ。
「ラーメンっ、ラーメンっ」
凛はグーにした両腕を上下に振りながら、そう言った。
「わかったから」
今度は町中華ではなく、家系ラーメンに連れて行った。
「うんまっ。なにこれうんまっ。これもラーメンなのっ?」
「そうだよ」
凛は美味しそうに食べていた。
それからまた街中を歩いた。
あ、ティッシュ配ってる。
今日ちょうど忘れてきちゃったから、もらっておこう。
「ちょっとモモッ。あの男から何もらったの?あの男、モモのことが好きなんじゃねーの?」
は?
「ただのティッシュ配りだよ。見ててごらん?みんなに配ってるから」
「……本当だ」
次に服屋に入った。
凛は2〜3着しか、服を持っていない。何着か買ってやんないと……。
凛は目を輝かせお店の中を見渡していた。
私が商品を手に取って見ていると、店員さんが接客をしてきた。サイズなんかの確認をしていると、凛が走ってきて私の腕を掴んだ。
「ちょっとモモッ。こっち来て」
私は引っ張られるままについて行った。
「なにもうっ」
「さっきの男だれ?仲良さそうにしてたけど」
……めんどくさぁ……。
「誰?」
「見りゃわかるでしょ。ただの店員さんだよ」
「……そっか。店員さんっておじいちゃんとかおばあちゃんのイメージだったから」
どんなイメージだよ。
そんなに閉鎖的な村だったのか……?
それから何着か凛の服なんかを一式買った。
夕方になると、今度は適当な飲食店に入った。
「凛は何がいい?」
そう言って凛にメニューを見せるも、目を輝かせるばかりでなかなか決まらなかったから、私が勝手に決めた。
「ねぇ、今の店員、モモに笑いかけてたよ?モモのことが好きなんじゃねーの?」
本当になんなんだよこいつは……。
凛は怒っていた。
「接客っていうのは、そういうもんなんだよ」
「……そうなんだ……」
「さっきからなんなの?」
「なにが?」
「男に敏感だよ?」
「……嫌なんだよ。モモが他の男と仲良くしてるのが」
は?
「あんた私のこと好きなの?」
「……好き……?」
私が聞いてんだよ。
「まぁ、いいや。ほら食べよ?」
凛は目の前に運ばれてきたハンバーグに目を輝かせた。
「うんまっ。なにこれうんまっ」
本当に美味しそうに食べるな。
よかった。
あー……でも今日は結構お金使っちゃったな。
凛が働きだしたら、キッチリ返してもらおうっと。
最寄駅に着き、電車を降りると、家まで歩きながら気になったことを聞いてみた。
「昨日なんでツノ出してたの?」
「ん?あー……興奮したからかな?」
「興奮?」
「うん。家の引き出しを色々漁ってたら、モモのパンツ見つけて興奮した」
…………。
引き出しを漁って……?
え?
パンツ……?
「興奮すると勝手に出てくるんだよな。嬉しい時とか、怒りすぎてる時とか」
いやいやいや。
何平然と話の続きをしてんの……。
「人の引き出しを勝手に開けてはいけません」
「なんで?」
なんでって……
「私の引き出しだからだめ」
「わかった」
あー……この男を追い出したとして、ちゃんと生きていけるのかな……。
だからといってこのまま家にいられても困るし。
どうしよ。
どうしたらいい?
……実家に……預けるとか?
この前お母さん“犬と暮らしたい”って言ってたし、それにお母さんは鬼が好きだ。たまにそういう人がいる。いわゆる変人だ。
その他の、いるかいないかわからない妖怪なんかも大好きで、母は妖怪図鑑を愛読している。
……いいじゃん。
それいいじゃんっ。
凛は、なんだか躾のなってない犬みたいだし、人懐っこいし。
……。
お母さん、犬と暮らせるよ?
よかったね。
家に着くと早速話した。
「ねぇ、ここで2人だとやっぱり狭いからさ、私の実家に住まない?」
「モモも一緒に?」
「いや、凛だけ」
「やだ」
「実家なら美味しいごはんが出てくるよ?」
「……美味しいごはん……」
「そう」
「ラーメンも?」
「ラーメンも」
「ハンバーグも?」
「ハンバーグも。それに可愛がってもらえるよ?」
きっとあの母なら凛のことを可愛がるはずだ。
「でもモモは一緒じゃないんだろ?」
「私は仕事があるから」
「……」
「ね?いい話でしょ?」
「……」
「ね?」
「僕は出ていかないからな」
なんでそんな頑なに……。
本当に……拾わなきゃよかった。




