42 日々
引っ越しがやっと決まった。
いい部屋が見つかった。
日当たりが良くて独立洗面台。
バス・トイレ別の1LDK。
今のこのクソ狭い部屋よりはまともな生活ができる。とりあえず、寝室とリビングが分けられるのはいいな。
引っ越しは凛の職場の人たちが手伝ってくれた。
「モモッ。前の部屋より広いねっ。すごぉーい」
凛ははしゃいでいた。
ダンボールだらけの部屋の床に、凛は大の字に寝転がり、脚や腕を開いたり閉じたりしていた。
この部屋は私一人で探して、内見をして決めた。凛となかなか休みを合わせることができなかったから。
「今日からここが家だからね?間違えて前の家に帰ったらだめだよ?」
「はーいっ。今日からここがモモと僕の家っ」
はぁ……もう……かわいいなぁ。
こんなに嬉しそうにしちゃって。
「もう結婚していい?」
「……」
本当に何も学ばねーなぁ。
「まだぁ?」
「うん。まだ」
「わかったぁ」
あれ?
今“わかった”って言ったの?
すごいじゃん。
学んでんじゃん。
私は思わず、寝転がっている凛の頭を撫でた。
「ふふっ。僕えらい?」
「えらいえらい」
少しずつ……変わってきてる。
あんなにポンコツ単細胞のパピーだったのに。
あーやば……涙出そう……。
今までのことを考えると、冗談抜きで目頭が熱くなった。
このことをヒロくんに話したら、そんなことで泣くだなんて、おおげさだと言って笑うんだろうな。
安藤くんに話したら「あ、そうなんですね」って引き気味に言うんだろうな……。
だけどね、私は嬉しい。
凛が成長したことと、あの“結婚しろ”、“しない”のやり取りをしなくてよくなったことが、とても嬉しかった。
正直言って、あのやり取りは本当にうざかった。うんざりしてた。近くにバールのようなものがあったら、思わずそれを手に取ってしまうんじゃないかと思うほど、嫌いなやり取りだった。
「僕、成長した?」
ニッコニコの凛がそう聞いてきた。
「うん。成長したね」
「もっと僕のこと好きになった?」
「なったよ」
「ふふっ。じゃあ僕と結婚する?」
「しない」
「なんでだよっ」
……やっぱり、なーんも変わってねーな。
ヒロくんは、私たちが引っ越した少し後に、一人暮らしを始めた。
凛は職場から軽トラを借り、ベッドと冷蔵庫をヒロくんの新居へと運んだ。
ちゃんとマットレスは天日干ししたし大丈夫だろう……。
それが終わると私たちは家に帰り、組み立て式のクイーンサイズのベッドフレームを2人で組み立てた。
「このベッド、大きいね」
凛は不思議そうにしていた。
「そうだね」
「なんでこんな大きいのにしたの?」
「なんでって、広い方がいいじゃん」
「なんで広い方がいいの?僕たち、いつもくっついて寝るから、こんなに大きくなくていいのに」
……そっか……。
「でも、大の字になって眠れるよ?」
「ううん。くっついて寝る」
「……」
「今まで通り、くっついて寝るからな」
まぁ……私もそれで慣れちゃったしな。
私はベッドが入っていたダンボールを潰し始めた。
「くっついて寝るからなっ」
私が返事をしなかったからか、凛はもう一度そう言った。
「モモー。明日ね、職場の人たちと飲みに行くことになったぁ」
「わかった。楽しんできてね」
明日は凛、帰りが遅いのか……。
でも楽しんでもらいたいな。
私とだけじゃなくて、それ以外の楽しみも、凛にはいろいろと知って欲しい。
次の日、夜10時くらいになると凛から電話がかかってきた。
『モモっ。僕もう帰りたいっ』
凛は泣きながらそう言った。
理由を聞いてみると、どうやら凛は、今2次会でキャバクラに連れて来られたようだった。
キラキラの服を着たお姉さんが、たくさんいるお店と言っていたから、たぶんそうだと思う。
『僕もうやだっ。気持ち悪いこのお店っ』
悪いと思いながらも、私は凛のその感覚を嬉しく思った。
「じゃあもう“彼女が怒るから”とか言って帰っておいで?」
「やだっ。モモのせいにはしたくないっ」
凛……
そんなふうに思うんだ……。
そこで凛は職場の人から話しかけられたようだった。
『おう、どうした?凛太郎。ってお前泣いてんのか?』
微かにそういう声が聞こえてきた。
『僕もう帰りたいっ。モモに会いたいっ』
次にはっきりとそう言う凛の声が聞こえてきた。
『はははっ。凛太郎にはまだこういう店は早かったか』
『すみません……僕、このお店嫌です』
『悪い悪い。もう帰ってもいいぞ』
『……ありがとうございます……お先に失礼します』
『おうっ。モモちゃんによろしく言っといてくれな』
2人の会話はそんな感じだった。
凛は帰って来るとすぐに私に抱きついた。
「僕あのお店嫌いっ。気持ち悪いっ。なんで知らないヤツと話さなきゃいけないんだよっ」
そうやって愚痴をこぼした。
私は凛を抱きしめながら頭を撫でた。
「うん。よく頑張ったね」
凛の職場の人が理解ある人でよかった。
仕事の付き合いとかで行くこともあるもんね。
凛はそういうのを知らないんだ。それにそういうお店を楽しいとは思わなかったんだな。
「……もっと褒めて……」
「よしよし。どのくらいそのお店にいたの?」
凛はきっと、ずっと我慢してたんだろうな。
泣くほどだもん。
「……10分くらい?」
……全然我慢できてねぇじゃねーか。
でも……ま、いっか。
凛にとってはその10分間が泣くほど苦痛に感じてたんだ。
「そっか。よく頑張った。10分我慢してたんだもんね。えらかったね」
甘やかせすぎかな?
凛は何も言わず、私のことをさらにぎゅっと抱きしめた。
「……ああいうお店って、男バージョンもあるの?」
ホストのことかな?
「あるよ」
「……モモ行ったことある?」
「ないよ」
そもそも好きじゃない。
チヤホヤされんのも嫌だし、されるような性格でもない。
「行かないでっ。絶対に行かないでっ」
「行かないよ」
そんなお金もないし。
まぁ、あっても行かないけど。
「モモ……僕……」
「ん?」
「モモ大好き」
……あれ……?
なんか前にもこういう事あったな。凛は今、何を言おうとしたんだろ。
「凛、何を言おうとしたの?」
「好きだよって言いたかっただけ」
そうなのか……?
まぁいいや。
凛はもう不安そうな顔をしてるわけではないし。
それから凛はシャワーに行き、出てくると居酒屋でのことを楽しそうに、いろいろと話してくれた。




