41 彼の覚悟
「お姉ちゃんっ。ナオくんに宿題手伝ってもらったっ」
楓は嬉しそうにそう言っていた。
「ありがとね、安藤くん」
私は安藤くんに、そうお礼を言った。
すると安藤くんは少し照れた顔をした。
よしよし。ちょっとずつ、安藤くんは肩の力が抜けてきているようだ。
「最初にね、凛くんに聞いたら“わかんない”って言われたの」
楓は楽しそうにしながら教えてくれた。
そうだよ楓。だって凛はバカだもん。
「ねぇお姉ちゃんっ。今日は泊まってく?」
楓がそう聞いてきた。
「んー……凛は泊まれるよ?」
「モモはっ?モモは泊まらないの?」
今度は凛がそう聞いてきた。
「あ、俺明日も休みなんで、泊まってってもいいですか?」
ヒロくんは母にそう聞いていた。
「ナオくんは?」
母は安藤くんに声をかけていた。
「あ……俺は……」
「安藤くん、明日遅番でしょ?モモちゃんも」
ヒロくんはそう言った。
母と楓は嬉しそうにしていた。
「ならお泊まり決定ね」
母は勝手にそう決めていた。
「あの……立花さん……少し2人で話せますか?」
安藤くんが小声で耳打ちをしてきたから、私は自室へと安藤くんを連れて行った。
「どうしたの?」
「あの……俺……鬼だって打ち明けたいです……」
どうやら安藤くんは、凛とお母さんの関係性を見てそう思ったらしい。
それから凛が私の部屋に来ている間に、楓を通してヒロくんと安藤くんは、少し打ち解けたようだった。
「いいの?」
「……はい……」
そう言いつつも、安藤くんはまた不安そうな顔をしていた。
「別に無理しなくてもいいんだよ?」
私はもう少し話そうと思って、安藤くんにイスに座るよう促し、私はベッドに座った。
「正直……怖いです」
「だったら──」
「だけどっ……」
安藤くんは膝に置いた手を握り込んでいた。
「凛くんを見てたら……少し羨ましくなって……それで……立花さんのお母さんも優しくて……」
「うん」
「吉野さんも……悪い人には見えなくて」
「うん。ヒロくんはいいヤツだよ。私は信用してる。それに面倒見もいい」
「はい……」
「もしもヒロくんが裏切ったら、私と凛が、ヒロくんのことをボコボコにするから」
「え……?」
ここで安藤くんは、不安そうな顔から、少し引きつったとような顔になった。
なに引いてんだよ。こっちは本気なんだよ。
そうやって静かに話していると、ドタドタとした足音が聞こえてきた。
あー……走ってんなぁ……。
こんなふうに家の中を走り回るのは凛しかいない。
楓だってこんなことしない。
するとノックもされず、ドアが勢いよく開いた。
「2人でなにしてんだよっ」
拗ねた顔をした凛が、すぐに部屋に入ってきた。
「ちょっと話してただけだから」
「だったら下で話せばいいだろっ」
凛はツノを出していた。
そんなに怒ってんのか。
「下じゃ話せないことだったの」
「2人きりだめっ」
「なんでよ。ヒロくんと2人きりになるのはいいって言うじゃん」
「2人で飲みに行くのはいい。でも部屋に2人きりはヒロくんでもやだっ。だから安藤くんもやだっ」
凛はそこまで言うと、私に抱きついてきた。
「モモは僕が好きっ」
「はぁ……」
思わずため息が漏れた。
さっき不安になってたから、今余計にこんな感じになってんだな、凛は。
安藤くんは……私たちのことを見て、ちょっと引いていた。
だよね。そうなるよね。
わかるわかる。
私も今、引いてるもん。
「とりあえずツノ引っ込めて」
「……」
「凛」
「……」
「怒るよ」
すると凛は私から離れた。
「なんでモモが怒るんだよっ。今怒ってんのは僕なのにっ」
そう言ったかと思うと、今度は安藤くんに向かって「モモのこと、取っちゃだめだからねっ」と、言っていた。
安藤くんは両手を前に出して振りながら……
「いやいやいやっ。出しませんって。こんなに凛くんの匂いがついてるのにっ」
私はそれを聞いて恥ずかしくなり、体を捻るとベッドに突っ伏した。
「あっ、違くてっ、そのっ……すみませんっ」
……。
ん……?
待てよ……?
今“凛くんの匂い”って言った?“鬼の匂い”じゃなくて。
「えへへぇ。僕たち仲良しだから」
今度は凛の気の抜けた声が、部屋に響いた。
私は起き上がると、安藤くんに質問した。
「鬼の匂いじゃないの?」
「え?」
「鬼の匂いじゃなくて、凛の匂いがするの?」
「あ、鬼の匂いです。だけど、鬼の匂いもそれぞれ違いがあるんです。俺、ハーフですけど、鼻がいいんで、微妙な違いがわかるんです。純血の鬼は、はっきりと違いがわかるようですけど」
そうなんだ……。
「凛は、違いまではわかんないんだよね?」
「うんっ。わかんなぁーい」
凛はいつの間にかツノを引っ込めて、落ち着いた様子だったから、また安藤くんとさっきの話の続きをした。
安藤くんの覚悟は決まったらしかった。
「じゃあ今から、下に行って話してみようか」
「お願いします」
下に行くと、私は母と楓とヒロくんの3人に話した。
3人は私の話を聞くと目を輝かせた。
「え?ナオくんもそうなの?」
母はウキウキしながらそう言った。
「うん。安藤くん、ツノ出して?」
私がそう言うと、安藤くんはツノを出した。
「やーん。もうママ幸せっ」
母はそう言いながら喜んでいた。
「だからか。納得がいったよ」
ヒロくんはそう言って、驚きながらも安心した様子だった。
たぶんこれで安藤くんへの誤解が解けたはずだ。
安藤くんがなんで私に詰め寄ったのか、なんで私に話を打ち明けたのか、なんで凛を気にしてたのか、そういう不透明だった部分がクリアになったと思う。
ヒロくんは少し興奮気味に安藤くんと話していた。
私はそんな2人の姿を見て安心した。
それから母と私はキッチンに立ち、夕飯を作り始めた。
男性陣は和気あいあいと話し、楽しそうにしていた。
あ……安藤くん笑ってる……。
よかった……。
しばらくすると安藤くんがこっちに来た。
「俺も何かお手伝いします」
「あらぁ、ありがとっ、ナオくんっ」
母は嬉しそうにしていた。
それからみんなでごはんを食べながら、楓と安藤くん以外、お酒を飲み始めた。
その時間がすごく楽しかった。
しばらくすると、それぞれ順番にシャワーを浴び、またみんなで楽しく話した。
夜もふけ、そろそろ寝ようかという時間になると、母は凛に声をかけた。
「凛くんはどうする?みんなと寝る?それとも桃と寝る?」
「モモと寝るっ」
あー……
そうなるよな……。
「凛は男子たちと寝なよ。こんなこと滅多にないよ?きっと楽しいよ?」
「ううん。モモは僕が背中トントンしないと寝つきが悪いから、僕はモモと寝る」
凛がそう言うとヒロくんは笑った。
「あーおっかしっ。モモちゃんは毎晩、凛くんに背中トントンしてもらってるんだ?」
ヒロくんはそう言った。
……クソ……。
凛のヤロー、また余計なことを言いやがって。
私は何度、凛に辱められればいいんだ……。
これからもそういうことがあるんだろうな。
もう、それを覚悟して付き合っていくしかないか。
凛のこういうところはたぶん直らない。そもそもの感覚が私とは違うのだから。私が慣れていかないと。
客間に布団を敷くと、楓は「俺もここで寝るーっ」なんて言いながらはしゃいでいた。
結局私は、凛と寝ることになった。




