43 その後
「久しぶりー。おはよ」
「おはよ」
ヒロくんと朝からシフトが同じなのは久しぶりだった。
ヒロくんは前に私の実家に泊まった時のお礼と、お古の冷蔵庫とベッドのお礼を言ってくれた。
それから、たまにうちの母と連絡を取ってるということも教えてくれた。
いつの間に連絡先を交換してたんだ……?
そう思ったけど、別にそれを不思議だとは思わなかった。きっと母から言い出したことだ。たぶん安藤くんも母とやり取りしてるんだろうな。
それはそれで私は安心だ。
安藤くんにはもう家族がいない。
それを思うと胸が痛くなった。
私は着替え終わると、ヒロくんの隣に座った。するとヒロくんはこんな質問をしてきた。
「大きいベッドはどうよ」
「あー……ね」
「寝やすいでしょ。広くて」
「うん。とりあえず、凛のことを転がして遊んだ」
「は?」
凛はあのあと、大きいベッドに寝転がると、「広ぉーい」と言いながら楽しそうにゴロゴロし始めたから、私はそんな凛のことを転がして遊んだ。
だけど寝る時は、いつも通りくっついて寝ていた。
「楽しかったよ?」
「ははっ。意味わかんねー」
「ね。私も」
それから安藤くんのことも話した。
凛が私の部屋にいる時、ヒロくんと安藤くんと楓の3人で色々話したらしい。
それはまだ、安藤くんが鬼だと明かしていない時だ。
安藤くんが楓に丁寧に宿題を教えて、優しく接している姿を見て、ヒロくんは少し驚いたと言っていた。初めてそんな姿を見たらしかった。
それに優しく微笑みながら楓と話していたらしい。
宿題が終わると、楓はヒロくんや安藤くんに話しかけ、気がつけば3人で話していたと、ヒロくんは言っていた。
楓……
私と違っていい子に育ってるな……。
口も悪くないし“お姉ちゃん”って言いながら私にも懐いてくれてるし。
今度お小遣いをあげよう。
楓が2人の距離を近づけてくれたんだから、ご褒美をあげないとね。
「ママ、本当に面白い人だよね」
ん……?
ママ?
「また遊びに来てねって言われちゃった。ひとりで遊びに来てもいいからねって」
「なんで“ママ”?」
「ん?ママがそう呼んでって言ってたから」
そんなにお母さんは、“ママ”と呼ばれたいのか……。
「あとね、今後も息子のことをよろしくねって言われた」
「楓のことまで……」
「ううん。凛くんのこと。ママはもう、凛くんのこと、“息子”だって言ってたよ」
「……」
は?
「いや、さすがに楓のことでしょ?」
「ううん。話の流れ的に、凛くんのことだよ。じゃないと辻褄が合わないし、楓くんの話をする時は、ちゃんと“楓”って名前で言ってたし」
なんか……周りから固められてる……?
これで私がもし、凛と別れるだなんて言いだしたら、みんなから大バッシングがあるんじゃない……?
「ヒロくん……」
「なに?」
「あの家はもう、凛に侵されてる。ヒロくんだけは私の味方でいてね?」
「ははっ。どうしよっかなぁ。俺、ママのことも、凛くんのことも好きだしなー」
「頼むぜ兄貴ぃ。4対1はさすがにきついって」
私はヒロくんに懇願した。
「4対1?」
「母、楓、凛、ヒロくん」
「ははっ。俺は楽な方につくよ」
それってつまり……
「おーねーがーいー」
「はははっ。あー楽しっ」
結局ヒロくんは、私がどんなにお願いをしても約束はしてくれなかった。
夕方になり安藤くんが出勤してきた。
安藤くんの表情は前に比べると、だいぶ柔らかくなっていた。
安藤くんは私を見るなり、話しかけてきた。
その内容は、私の母が安藤くんのことをよく気にかけているということや、楓が宿題のわからないところを聞くために、安藤くんに連絡をしているというものだった。
「待って。そんなに連絡取ってるの?」
「はい。こまめに取ってます」
「……ごめん……。迷惑だよね。変な家族でごめん」
まさか楓までが連絡してるとは……。
「いや。俺嬉しいんです。ママさんは俺のことを気遣ってくれてますし、楓くんも俺を頼ってくれるのがなんだか嬉しくって」
そう言う安藤くんはやっぱり穏やかな顔をしていた。
それにあれからヒロくんとも仲良くなったみたいで、シフトが合えば隙を見ては、会話をよくするようになったと言っていた。
ん……?
“ママさん”……?
……母は安藤くんにまで、そう呼ばせてるのか。
まぁ、とにかくよかった。
安藤くんから怯えてるような表情は消えた。
また休みを合わせて、実家に連れて行ってみよう。安藤くんが行きたければだけど。
もうテレビで鬼のニュースはやっていない。
でも特番で鬼がテーマの番組がやっていることがあった。
その番組には以前動画投稿サイトで見た、あの鬼の話を投稿した人も出ていた。
その人はツノのカチューシャをしながら動画と似たようなことを話していた。
“自分は鬼に会ったことはないけど、決して悪い鬼ばかりではないと信じてます”と、濁りのない目でそう言っていた。
私は会ったこともないその人に、心の中でひっそりとお礼を言った。




