39 お誘い
後日、ヒロくんのことも誘った。
いつも通り、仕事が始まる前の朝の時間に。
「ねぇねぇ、今度さ、うちの実家に来ない?」
「行きたいっ。モモちゃんのお母さんに会って妖怪図鑑を見せてもらいたい」
「あ、あとね、安藤くんも連れて行こうと思って」
「……なんで?なんであいつも?」
ヒロくんの顔が険しくなった。
やっぱりまだ警戒してるんだ。
「そういえば俺、あのあとちゃんと話の続きが聞けてない。なんで話を聞いてもらうのがモモちゃんじゃなきゃいけなかったの?壁に追い詰めるほどの内容ってなに?」
「ごめん。それは言えない。でも安藤くんは悪い子じゃないから」
「……ならいいけど……」
腑に落ちない様子でそう返事をした。
「それで?なんであいつも連れて行くの?」
「……頼れるような人がいないんだよ、安藤くんには。だから少しでも安心してほしくて」
「なんでそこまで、モモちゃんがしなきゃなんないの?」
なんでって……
だって鬼なんだもん。
あんなに怯えてるから、なんとかしてあげたくなっちゃうよ。
「1回危ない目に遭ったんだよ?モモちゃんの危機管理能力どうなってんの?」
ヒロくんの機嫌が悪くなった。
本当に私のことを心配してくれてるんだ……。
「大丈夫だから。あれはそんなんじゃないから」
「……ごめん。事情があるんだよね。悪かった」
ヒロくんはすぐにまた、いつもの冷めた感じに戻った。
前に凛のことを“熱い心を持ってる”って言ってたけど、ヒロくんも十分熱い男だと思った。
次の日シフトで休みを3人で揃えた。
凛が休みの日の土曜日だ。
「あ、来週の土曜日だからね?私の実家に行くのは」
「うんっ。ママに会えるの楽しみっ」
「なんで“ママ”って呼ぶようになったの?」
「んー?なんかね、ママが“ママ”って呼んで欲しいって言ってた。モモも小さい時はママって呼んでくれてたのに、気がついたら“お母さん”って呼ばれるようになって寂しいって言ってたよ」
そうだったのか。
私は小学生の時に、教室で母の話をしていたら、よくちょっかいを出してくる男子にママ呼びをからかわれ、それが嫌で“お母さん”と呼ぶようになった。
そっか。お母さん……ママって呼ばれたいのか。
でも今さらもう無理。恥ずかしい。
「なんでスマホには“モモママ”って登録してたのに、お母さん呼びしてたの?」
「モモがお母さんって言ってたから」
「じゃあなんで“モモお母さん”って登録しなかったの?」
「だってあれ登録したの、ママだもん」
そっか。
凛はスマホの使い方も知らなかったんだよな。
それからまた話を戻し、安藤くんが鬼であることはヒロくんは知らないからねと、念を押しておいた。
それと凛が鬼だということを安藤くんが知ってることも、ヒロくんは知らないからねと、これも念を押しておいた。
なんだかややこしいな。
「わかったぁ」
本当にわかってんのか?
「つまりはいつも通りにしてろってことでしょ?鬼を隠して過ごせばいいんでしょ?」
「うん。そう」
「そんなの楽勝だよー」
私はスマホを手に取ると、母にも念の為気をつけるように言っておいた。
母は凛の鬼の姿が好きで、ビデオ通話中もしょっちゅう“ツノ出して”と言っていたから、いつものクセで言わないようにと念を押した。
「モモ、一緒にお風呂入りたい」
「やだ」
「やだっ。一緒に入りたいっ」
「……ひとりで入りな?」
「わがまま言うなっ」
これ、わがままか?
「父さんはしょっちゅう母さんと一緒にお風呂に入ってたよ?」
また父さん……
「仲良しだから、一緒に入るんだって言ってたよ?僕とモモは仲良しじゃないの?」
はぁ……
「仲良しだよ」
「だったら一緒に入ろう?」
「わかったよもう……」
凛はお風呂の準備をすると、ニッコニコでリビングに戻ってきた。
「お湯がたまるまでちょっと待っててね」
そんなに嬉しいのか。
凛は楽しそうにしていた。
お湯がたまると、凛は私の手を引き浴室へと向かった。
私は先に浴室に入るとシャワーを出し、頭を洗い始めた。すぐに凛も入ってきた。
「僕がモモの頭洗うっ」
あー……凛はそういうのがしたいのか。
私は凛に任せた。
凛は力があるから、もしかしたら痛いかなって思ってたけど、ちゃんとちょうどいい力加減で頭を洗ってくれた。
次に私が凛の頭を洗った。
凛はうっかりツノが出るかもしれないからと、ツノは最初から出していた。
「意識してればツノは出ないんでしょ?洗いづらいよ、ツノが出てると」
「だって勝手に出てきちゃうかもしれない」
「なんで?」
「興奮して」
「……」
……それなら仕方ないか……。
凛は気持ちよさそうにしてた。
「なんか子どもの頃を思い出すな。よく父さんがこうやって頭洗ってくれたんだ。でも痛かった」
笑いながら凛はそう言った。
やっぱり力強いんだな。
「モモの指気持ちいい」
「もっと強くした方がいい?」
「ううん。ちょうどいい」
そかそか。ならよかった。
「一緒に入るの楽しいねっ」
凛の声は弾んでいた。
「そうだね」
きっと凛は私と、自分のお父さんとお母さんみたいな関係になりたいんだろうな。
というよりは、そうなるものと信じて疑わない感じ?
「ねぇ、お父さんとお母さんってそんなに仲良いの?」
「うんっ。仲良しっ」
「凛もそうなりたいの?」
「もうなってるよ?僕とモモは仲良しっ」
そう言う凛の声はやっぱり弾んでいて、浴室にそれが響いていた。




