37 反撃
「……モモだって……モモだって……」
お?なんだ?
どうやら凛が、何か反撃をしようとしていた。
「モモだって泣いてるくせにっ」
は?
私が泣いたのはたったの1回だ。
凛が私のことを好きだと言ってくれた時のみ。
「私、凛の前では1回しか泣いたことないよ?」
「泣いてるっ」
「泣いてないってば」
「毎回泣いてるっ。僕と愛し合ってる時──」
「あ゛ぁぁぁぁああ」
こーのーヤーローっ。
何を言おうとしてるんだよっ。
「ぷっ」
ぷっ?
「はははっ。モっ、モモちゃん、毎回泣いてるのっ?」
あー……
最悪だ……
ヒロくんはお腹を抱えて笑っていた。
クソ……
「凛くん。さっきの話、詳しく教えて?」
「え?」
「モモちゃんが毎回泣いてるって話」
やめろ。
私はヒロくんのことを睨んだ。
だけどヒロくんは、ニヤニヤとしていた。
「やだ」
そう言ったのは、凛だった。
「なんで?さっきは教えてくれたじゃん」
「もう教えない。こういう話はママとしかしない」
は?
「まさかあんたっ。お母さんにもそういうこと言ってんのっ?」
「さぁ?どうだろ?」
「言ってないよね?」
「僕とママは仲良しだから」
あんた……私のお母さんのことを、いつから“ママ”呼びしてんの……。
そういえばスマホの登録画面は“モモママ”だったな。
あー……
今はそんなことはどうでもいい。
最悪だ。
とりあえず私は、自分を落ち着かせるために目の前のマグロの刺身に箸を伸ばし、口に運んだ。
おっ?
これ中トロじゃん。
私はメニューを見た。
えっと……さっき頼んだのは……あ、これだ。
刺身三種盛り《仕入れ状況により、ランダム》
ラッキー。
この値段で中トロが食べられるだなんて。
「え?なになに?そんなこと話すほど、凛くんはモモちゃんのお母さんと仲良いの?」
「うん。仲良いよ。モモがおへそを見せてくれた時も報告したもん」
「は?おへそ?」
凛は勝ち誇ったようにそう言った。
もう……いいや……。
やっぱりこいつは単細胞のパピーだ。
次に私は、だし巻き玉子に箸を伸ばし、口に運んだ。
……。
凛が作った方が美味しいな。
これも美味しいけど、凛が作る玉子焼きはなんか……どこか懐かしいんだよな。
それにしても……
凛は前にそういうことはヒロくんに言わないって言ってたのに……。
ヒロくんが、私のそういうのを想像するのが嫌だから言わないって、言ってたのにな。
……。
……あー……
……凛、本当に怒ってるんだ……。
だからわざと言ったんだ。
ってなると、ただの単細胞じゃない。
こいつは成長してる。
わざと私が嫌がることを言ったんだ。
相変わらずヒロくんは楽しそうに笑っていた。
「凛、ごめんね」
「……」
凛は拗ねた顔をしていた。
「何に謝ってるの?」
……これ……私がよく凛に言うやつだ。
「凛に配慮が足りなかった」
「じゃあちゅーして」
は?
「ごめんなさいのキスしてっ」
はぁ?
私は凛の両頬をつねった。
「あんた今、何言ってるかわかってんの?こんなところでするわけないでしょ」
「……いたい……」
「このパピーヤローが」
「……」
「謝ったのに、追い討ちかけるようなこと言いやがって」
私がそう言うと、凛は目に涙を溜め始めた。
そこで私は手を離した。
「ごめんなさい」
凛は素直に謝った。
そんな私たちのやりとりを見ていたヒロくんは、やっぱり笑っていた。
しばらく3人で会話を楽しんでいると、凛が私に声をかけた。
「モモ、僕トイレ行きたい」
「いいよ。行ってきな」
「一緒に来て」
……あ、さては凛のヤツ、迷子になることを恐れてるな?
「ここワンフロアだから大丈夫だよ。それにここのドアを開けとくから、ひとりで行ってきな?」
「……わかった」
凛は不安そうに返事をすると、ひとりでトイレへと向かった。
「今の何?」
ヒロくんは興味津々に聞いてきた。
「あのね、凛が怒るだろうから内緒にして欲しいんだけど──」
私はそう言ってから、カラオケでの出来事を話した。
私の話を聞いたヒロくんは、また大笑いしていた。
「でもね、凛が育った場所にはカラオケなんかもなかったから仕方ないんだよね。わからないことが多くても」
「そんなに閉鎖的なところなんだ」
「どうやらそうみたい」
「そっか。だからパピーなんだ」
「うん。でも凛ね、すごく頑張ってる。頑張って仕事して、そのお給料から必要な分を抜いたら、全部私に渡してくれるの」
「ガチで?」
ヒロくんは驚いた顔をしていた。
「だから凛に悪い遊びを教えないでね?」
「ははっ。わかったよ」
そんな話をヒロくんとしてると、凛が戻ってきた。
「モモッ。僕迷わなかったよっ」
凛はそう言いながら、私に抱きついてきた。
だろうね。
割とトイレから近い所だからね、ココ。
ヒロくんはというと、凛の“僕迷わなかったよっ”の声を聞いて、また笑っていた。
「凛くんっ。すごいね」
「ホントッ?僕すごい?迷子にならなかったのえらい?」
「うんっ。えらいえらいっ」
目尻の涙を拭いながら、ヒロくんはそう言っていた。




