35 冗談
しばらく吉野くんとはシフトが合わなかった。
でも凛は、吉野くんと予定を合わせて2人で遊びに行っていた。
「今日はね、ヒロくんと買い物してから少し飲みに行ったんだ」
家に帰ると凛はすぐにそう言って、今日の出来事を話してくれた。
凛は気がつけば、吉野くんのことを“ヒロくん”と呼ぶようになっていた。
「そっか。よかったね」
「うんっ。今日も服選んでもらっちゃった。あとね、免許が取れたって言ったら、飲み代奢ってくれたんだよっ」
「ちゃんとお礼言った?」
「うんっ。ちゃんと“ありがとう”って言ったよっ」
よかった。
凛、楽しかったんだ。
「あ、ただいまのキス」
凛はそう言うと、私の顎を掴み上に向かせると軽いキスをした。
「それでね、ヒロくんがさぁ──」
それからも凛は“ヒロくん、ヒロくん”と言いながら、今日の出来事を話し続けた。
そんな凛は楽しそうにしていた。
ああ……凛はちゃんと今日を楽しめたんだな。
凛のニコニコとした顔を見て私はそう思った。
よかった。
ヒロくんありがとう。
「おはよ」
「おはよ。あ、凛ね、この前すごく楽しかったみたいで喜んでたよ?」
出勤してきたヒロくんに、私はそう言った。
「おっ、そうなの?」
「うん。ヒロくんと遊んで帰ってきてから、ずっとその話してた」
「……」
「それにいつも思ってたけど、ヒロくんて本当にセンスいいよね。凛に似合うものをちゃんと選んでくれてるもん」
「……」
ん?
なに?
さっきから返事がない。
私はロッカーから制服を取り、更衣スペースへと移動した。
「なんなの?なんで無視?」
着替えながら聞いてみた。
「……いや、“ヒロくん”って言ったから」
あ……
なるほど。
「凛が“ヒロくん、ヒロくん”うるさいから移っちゃった」
「別にいいよ。モモちゃん」
「ははっ。モモちゃんて」
「いいでしょ?」
「うん。別にいいよ」
鬼のこと……ヒロくんに話したいな……。
着替え終わると、いつも通り、テーブルの席に2人で並んで座った。
「次のシフトが合った時にさ、凛と3人で会えない?」
「ん?別にいいよ?今日でもいいし。……あ……今日は予定があったんだ。やっぱり次回だね」
よし……。
その時に“凛は鬼とのハーフ”だって言ってみよう。それでも凛に対して好意的だったら、安藤くんに相談して、安藤くんからの合意を得たらヒロくんにも話してみよう。
「俺さ、一人暮らしをしようと思って」
「え?もったいない」
「なんで?」
だって……
一人暮らしだなんてお金がかかるばっかじゃん。実家から大学に通えるならそれでいいじゃんよ。
私がそう言うと、ヒロくんは笑った。
「いやね、今1時間40分かけて大学に通ってんのよ。ちょっとね、それがしんどくってさ」
「そっかぁ」
「そ。だから一人暮らししたいなって。それに妹の干渉がキツい」
「ははっ。そういえば妹さん、ブラコンだったね」
私とヒロくんはそんな感じで雑談をしていた。
「私も引っ越ししようと思ってるんだけど、ツードアの冷蔵庫いる?凛がよく食べるから、もう少し大きいのに買い換えようと思ってるんだよね。あとベッドも」
「……冷蔵庫は嬉しい。でもベッドは……」
「ん?」
「ベッドはねぇ?2人で使ってたものでしょ?」
「……」
「若い男女が」
ヒロくんはニヤニヤとしながら言っていた。
……無神経なこと言っちゃったな。
「ははっ。黙っちゃってかわいいなぁ、モモちゃんは」
「……ヒロくんっていじわるだね」
「そう?」
「そうだよ。じゃあベッドはなしね」
「……んー……でも正直助かる。ただでさえ敷金礼金がかかるからね。それに他にも色々と揃えないといけないし」
ヒロくんはそう言っていた。
私たちはいつも早めに出勤していた。
だから、朝こんな感じで会話をすることが多かった。
「いつかモモちゃんのお母さんに会ってみたいな」
「え?なんで?」
「凛くんがよく、モモちゃんのお母さんと電話してるって話してくれてさ。この前は鬼のカチューシャつけてたんだよって、嬉しそうに話してたから。俺さ、変な人好きだから会ってみたいなって思って」
「ヒロくんも十分変な人だよ?」
「モモちゃんもね。だから好きなんだけど。あと口が悪かったり、性格が悪いところも」
「私もヒロくんのこと好きだよ」
その時、休憩室のドアの方で音がした。
「……やっぱり2人って付き合ってんですか?」
いつの間にか出勤していたシミズくんがそう言った。
「「付き合ってない」」
私とヒロくんは声を揃えてそう言った。
「えー?そんなに気が合うなら付き合っちゃえばいいのに」
シミズくんはそう言っていた。
「どうする?モモちゃん」
ヒロくんはまた、ニヤニヤとしながら私のことを見てそう言った。
「どうしようか、ヒロくん」
「それじゃあ、とりあえず凛くんを拾った場所に捨ててきてくれる?」
「そうだね。じゃあ大きいダンボールを用意してくれる?」
私もニヤニヤとしながら、ヒロくんにそう言った。
「え?なに?捨てる?え?ダンボール?」
困惑してるシミズくんを見て、私たちは笑っていた。
「え?なんですか?本当に付き合うんですか?」
シミズくんは困惑しながらそう言った。
「「冗談だよ」」
私たちは笑いながら、また声を揃えてそう言った。




