34 逃げてくれる?
「おかえりぃ。モモッ」
玄関を開けると、ニッコニコの凛がすぐに私に抱きついた。それから私の頬を両手で包み込み、ちゅっとキスをした。
いつものことだ。
「ただいま」
すぐに手を洗うと、凛が作ってくれた夜ごはんを食べながら、私は早速話し始めた。
「ねぇ凛。吉野くんに凛が鬼だって言うのやだ?」
「……なんで?モモあんなに嫌がってたじゃん。絶対にバレちゃだめだって」
私はすぐに理由を話した。
「そんなに吉野くんのこと、信用できるの?」
……驚いた。
凛ならすぐにいい返事をくれると思ってたから。
凛は凛なりに、ちゃんと考えてるんだ。
……そうだよね。
私はずっと、口を酸っぱくして凛にそう言ってきたんだから。
だから凛がこう反応するのは普通のことだ。
それに真実を知る人は、やっぱり少ない方がいいもんね。
あーあ。
それなら吉野くんになんて言おう。
なんて言ってごまかそう……。
「モモはさ、僕を危険にさらしてまで安藤くんのことを守りたいの?」
違う……そんなことしたくない……。
「ごめん。凛ごめん。私が間違ってた。凛のことを危険な目に遭わせたくない」
「……モモは僕のこと好き?」
「うん。大好きだよ」
私がそう言うと、凛はツノを出した。
「僕もモモのこと大好きっ」
ごめん凛。
浅はかな考えだった。
私が守りたいのは凛なのに……。
「いいよ」
凛はそう言った。
……え……?
「吉野くんに言ってもいいよ」
「……なんで?」
「安藤くん、すごく不安そうだったから」
「……」
「僕はモモが好き。モモも僕が好き」
「うん」
「モモは優しい」
「……」
「モモは死にかけてた僕を助けてくれた」
「……」
「僕も誰かを助けたい」
凛の考えることはよくわからない。
さっきは嫌がってたのに……。
凛は右手に持っていた箸を置き、私のことを抱きしめた。
「ううん。やっぱりだめ。吉野くんのことは信用してるけど、私は凛のことが1番大事」
「うん。でもいいよ?僕も吉野くんのこと信用してるし」
……。
本当にいいのかな?
さっきまでは大丈夫だって思ってたけど、凛の言葉で急に怖くなった。
“モモはさ、僕を危険にさらしてまで安藤くんのことを守りたいの?”
そんなことない。
安藤くんには悪いけど、私は凛の方が大事だ。
凛の方がというより、凛のことが大事だ。
凛を危険にさらしてまで、安藤くんのことを守りたいとは思わない。
でも安藤くんのことが心配なのも確かだ。
凛は私から少し離れると、顔をじっと見た。
「モモごめんね?本当はね、別にいいんだ。吉野くんになら言ってもいいよ?」
「ん?どういうこと?」
「……ちょっとやきもち」
「なんで?」
「モモは吉野くんと仲がいいでしょ?それに安藤くんのことも心配して助けようとするし」
凛……
「だからちょっとやきもち。でも僕、吉野くんのこと好きだから別に言ってもいいよ」
凛なりに色々考えて、気持ちの整理をしたりしてたんだな。
嫉妬したんだったら、前までの凛ならきっと怒ってたと思う。
“モモは吉野くんが好きなの?”、“安藤くんが好きなの?”などと言って騒ぎ、怒っていたに違いない。
私は凛の頭を撫でた。
目の前にいるこのパピーを、とても愛おしく思った。
成長してる。
凛、頑張ってる。
だけど、どうしよう……。
やっぱり何か、吉野くんを納得させるような理由を考えた方がいいんじゃ……。
「モモ?早く食べよう?」
「うん。そうだね」
何て言おう。
吉野くんは本当に私のことを心配してくれてるし、安藤くんのあの行動を……私を壁に追い詰めたことを気にしている。
あの時……追い詰められていたのは安藤くんの方なのに……。きっと安藤くんは不安に押し潰されそうになってたんだ。
お父さんを亡くし、逃げるように街中に紛れて身を隠し、頼れる人もいないまま、とにかく生きるために働いて……。
そう思うと、やっぱり胸が締め付けられた。
力になりたい。
だけど今はとにかく、吉野くんの誤解を解かないと……。
「モモ?本当に僕はいいよ?吉野くんに鬼のことを話しても」
「……凛は大丈夫だと思う?吉野くんは誰にも言わないと思う?」
「うんっ。吉野くんはいいヤツ。もし誰かに言われちゃったら、モモ、僕と逃げてくれる?」
……逃げる……?
そっか……。
最悪の場合、そうすることも有りだよね?
私は別に、今の仕事がしたくてしてるわけではないし、凛がちゃんと社会に溶け込めることもわかった。
それに……凛が生まれ育った村で住むこともできるんだ……。
「そうだね。逃げてもいいかもね」
「ふふっ。じゃあもう結婚してもいい?」
凛はかわいい笑顔でそう言ってきた。
「しない」
「モモのばかっ」
さっきのかわいい笑顔は、すぐに拗ねた顔になった。
私は色々と考えた結果、結局吉野くんに話してみようと思った。
そんなことを考えていたら吉野くんからメッセージがきた。
『あんまり安藤くんのことを、信用したらだめだよ』
そういうメッセージだった。
吉野くん、心配してくれてる……。
『大丈夫だよ。それよりさ、別件なんだけど吉野くんって秘密守れる人?』
大抵の人は、守れなくても守れると言うだろう。
だけど私は、そんな野暮な質問をしてしまった。
『何かあったの?俺にできることがあるなら言って?誰にも知られたくないことなら、ちゃんと秘密は守るから』
吉野くんはそう言ってくれた。
私はまたそれに返事をした。
「モモ」
「んー?」
「誰と連絡取ってるの?」
まだ拗ねた顔をした凛が私を見ながらそう言った。
「吉野くん」
「……そっか……」
そう言う凛の顔はやっぱり拗ねたままだった。
我慢してる。
凛はちゃんと我慢してる。
わめいたり、怒鳴ったりせずに……ちゃんと……我慢してる……。
ごはんを食べ終わり、片付けを済ませると、私は凛のことを抱きしめた。
「凛……ありがとね」
「なにが?」
「いろいろと」
「モモ嬉しいの?」
「うん。嬉しい」
「ふふっ。モモが嬉しいなら僕も嬉しいっ」
凛の無邪気な声は、私の心を少しだけ軽くしてくれた。




