33 打ち明けようかな?
「おはよ」
「おはよー」
出勤してきた吉野くんに挨拶をされ、私はそう返事をした。
吉野くんに会うのは1週間ぶりくらいだった。
私は制服に着替えると、先に着替え終っていた吉野くんの隣に座った。
「凛くんは元気?」
「うん。相変わらずうざいよ」
「ははっ。そんなことを言いながら大好きなくせに」
「まぁね」
やっぱり吉野くんは話しやすいな。
「凛くんて本当にいい子だよね」
「そう?」
「うん。いつも真っ直ぐで、会えば“モモ、モモ”言ってて。パピーだけどいい男だよ」
なんだか凛のことを褒められて嬉しかった。
隣に座る、吉野くんのことをまじまじと見てみると……
スラっと伸びた脚は組まれ、なかなか端正な顔立ちだということに気がついた。
「吉野くんってカッコいいんだね」
「は?」
「モテるでしょ」
「……なに?今さら俺のカッコ良さに気がついたの?凛くんなんて捨てて、俺と付き合う?」
吉野くんは、私の顎に手を添えながらそう言った。
「ははっ。なにそのキャラ」
「だよな。ははっ。別にモテないよ」
「嘘だぁ。大学で、熱い視線を浴びてんじゃないの?」
「ないない。っていうか俺自身が最低3つ以上は年上じゃないと、恋愛対象にならないから」
「前も言ってたけど、そんなに年上がいいの?」
「うん。甘えたい」
「ははっ。似合わなっ」
私は笑いながらそう言った。
「立花さんは凛くんのことを甘やかしてるでしょ?」
吉野くんは、ニヤニヤしながらそう言ってきた。
……確かに……。
凛はよく甘えてくる。
「ね?俺は凛くんみたいになりたいの。甘えたいの」
「そんなに“お兄ちゃん”をすることに疲れちゃったの?」
「んー……疲れたというか……甘えてみたいっていうのが本音かな?少しわがままを言ってみたり、不安なことをぶちまけてみたり……それを受け止めてほしいというか……」
そっか。
しっかり者に見えてたけど、吉野くんにもそういう部分があるのか。
そういえば、こんなふうに吉野くん自身のことを聞いたことは、あまりなかったな。
2人で飲みに行っても、仕事の愚痴や、酷いお客の愚痴、それからバカ話ばかりをしていたから。
それからも吉野くんと話していた。
今度は主に安藤くんのこと。
吉野くんは、あれから安藤くんから話を聞こうとしたけど、安藤くんからは避けられているようだった。
あの時のことがきっと原因だ。
私が安藤くんに、壁に追い込まれた時のこと。
それもそうだ。あの時の吉野くんは怖かった。
「もうあんなことはされてない?安藤くんから襲われたりしてない?」
「大丈夫だよ」
「それならいいんだけど」
吉野くんは私の心配をしてくれていた。
やっぱり優しいな……吉野くんは。
「安藤くんから、ちゃんと話を聞けたよ」
「そうだったの?なんだった?」
「あーなんか、今色々と気持ちが不安定みたい」
「それをなんで立花さんに?」
そりゃそうなるよな。
「……社員だから?」
「店長がいるじゃん」
「ほら、店長ってあんなんじゃん?やる気がないっていうか……」
「立花さんも似たようなもんじゃん」
失礼な。
私はキッチリ仕事はしてる。
裏でだけ本性を出してんだよ。
それにしても……
安藤くんのこと、なんて言おうかな……。
「立花さんのことが好きだから、詰め寄ったんじゃないの?」
「ううん。違うよ?凛と仲良くなりたかったみたい」
「じゃあ何で凛くんのことを本当に好きがどうか聞いてきたの?辻褄が合わないよ?」
……そうだよな……。
「なんか上手いこと言いくるめられてるんじゃない?」
吉野くんは、まだ安藤くんのことを警戒してるんだ。
「本当に大丈夫?やっぱりおかしいよ。そんな話をするために、わざわざ壁にまで追い込まないでしょ?普通」
本当に優しいな。吉野くんは。
さてどうしようか。
なんかもう、吉野くんになら言ってもいい気もするな。そしたら安藤くんも安心しそうだし。
あ、でも吉野くんが鬼についてどう思ってるかなんてわかんないしな……。
でも今“鬼ってどう思う?”なんて聞いてしまったら、まるで安藤くんのことを鬼だと言っているようなもんだし……。
そんなことを考えてると、他のスタッフが出勤してきた。
吉野くんは私の腕を掴むと「またあとで話を聞かせて」と、耳打ちをしてきた。
その顔は真剣そのもので、本当に私のことを心配しているようだった。
「あ、それ鬼のカチューシャですか?」
吉野くんがパートのスタッフに声をかけた。
ナイスな話題だ。
「そうそう。娘が買ってきてって言うから昨日買ったんだけど、渡すのを忘れちゃって、バッグに入れたままで来ちゃったの」
そのスタッフのバッグからは、鬼のカチューシャが少しはみ出ていた。
「娘さん、鬼が好きなんですね」
「そうなの。ツノが欲しいツノが欲しいって騒いじゃって。今となっては小学生の間でも流行ってるみたい」
そうなんだ……。
「俺も鬼が好きですよ」
「えーなんだか怖くない?前にニュースで話題になったでしょ?人を襲うかもしれないし……」
「でも優しい鬼もいるらしいですよ?」
「まぁね。意思疎通がちゃんと取れるなら……」
「でしょ?優しい鬼とか、なんか可愛くないですか?」
──よっしゃっ。
吉野くんも母と同じで変わり者だ。
そういえば私のことも変だから好きだと言っていた。
吉野くんも変人なんだ。
まずは凛に相談してみよう。
吉野くんとのさっきの話の続きは、適当に大丈夫だと言い切って、のらりくらりと逃げ切ろう。
よし。
大丈夫かもしれない。
この日は結局、吉野くんと話すタイミングがなくて助かった。
仕事が終わるとすぐに着替え、何か言いたげな吉野くんにサッと挨拶を済ませると、家へと帰った。




