28 不安
家に帰ると、私はすぐ凛に質問をした。
「凛、私のことを想って胸が痛くなったことある?」
「え?そんなのしょっちゅうだよ。モモのことを好きだって思った時から、心臓がギュッとしてたよ?」
……あれ……?
すごく嬉しい。
「モモが僕のことを“好きじゃない”って言うたびに、心臓がチクチクしてたよ?」
なんだ……
もっと早くおへそを見せときゃよかった。
だったらお互いにそんな思いをしなくてすんだのに……。
「私のことを好きだっていう気持ちが湧き出るようなことは?」
「……モモとイチャイチャしてる時は、いつもそうなってるよ?」
……よかった……。
ちゃんと凛は私に恋愛感情を抱いてるんだ。
凛がポンコツすぎて、私は不安になってしまった。
それならいい。
凛がちゃんと、私を好きならいい。
私はベッドに座り、ホッと胸を撫で下ろした。凛もすぐに隣に座った。
「なんで?」
「ん?」
「なんであんなことを聞いたの?」
少し拗ねた凛は、私のことを抱きしめた。
「確認したかっただけ」
「なんで?」
なんで……
「僕はモモが好き。モモも僕が好き」
「うん」
「足りない?」
「え?」
「僕の愛情足りない?不安になったから確認をしたの?」
……凛が……ちゃんと考えてる。
「ううん。大丈夫」
「じゃあなんで確認したの?」
……不安になったからだ……。
だから私は、さっき考えていたことを話した。
「……ちゃんと好きだよ。僕だってその気持ちくらいわかる。モモと一緒にいると、いっぱい心臓がギュッてなる。モモ以外の女にはそんなふうにはならない」
やっぱりなんか……凛が“女”とか言うの似合わないな……。
それにしても……嬉しいな。
凛は変に取り繕ったりしない。
カッコつけたりもしない。
それが……心地いいな。
「ありがとう。たくさん教えてくれて」
「今度からはモモが不安にならないように、もっと愛情表現するね」
「……今のままで大丈夫です」
これ以上になったら、さすがにうざい。
ただでさえ凛は、私にベタベタとしてくる。
「なんでだよっ。モモが不安になるの嫌なのっ。モモにはずっと笑っててほしいのっ。だからこれからはもっとモモのことが好きだって、いっぱい、いーっぱい、愛情表現するからなっ」
……あー……
やっちまったか?
なんだか、変なスイッチを押してしまったかもしれない。
私はまた、新たな不安を抱えることになった。
今日は遅番だ。
私が遅番になるのは月に数回程度。
店長が朝起きるのが苦手で、遅番に入りたいからという理由で、私はほぼ早番だった。
店長はどうしても早番には入りたくないようだ。
今日の遅番のスタッフの中には吉野くんと安藤くんがいた。
吉野くんは私に近づくと、こそっと話しかけてきた。
「立花さん、今日安藤くんから話を聞いてみてくれる?」
「わかった。でも、遅番の時は凛が迎えに来るからそんなに時間が取れないかも」
「俺がなんか、うまいことを言って凛くんのことは足止めしとくから」
「ありがと」
仕事が終わり、吉野くんは着替え終わるとすぐに店を出た。
私がなんて声をかけようかと考えていると、安藤くんの方から声をかけてきた。
「あ、あの……」
「なに?」
「本当にこの前のピンクの髪の人、彼氏なんですよね?」
安藤くんは私に詰め寄った。
私は一歩後ろに下がった。
「あの人、本当に彼氏なんですよね?」
「だからそうだって前に……」
安藤くんは、また私に詰め寄った。
なに?なんなの?
安藤くんの表情はよくわからなかった。
怯えてるような……でも何か少し悲しそうな、そんな感じ……。
私はとうとう、すぐそばにあった壁まで追い込まれた。
安藤くんは私に壁ドンをするような形になった。
「……なに……?」
「……立花さんは……」
「……」
「本当に彼氏のことが、好きなんですか?」
……え……?
なんでそんなことが知りたいの?
その時──
「立花さんごめんっ。俺、忘れ物……」
吉野くんがそう言いながら、休憩室に入ってきた。
「……お前……」
そう呟いた吉野くんは、こちらに走ってきて安藤くんの肩をつかむと、私から離した。
「何してんだよっ。立花さんには彼氏がいるからっ」
吉野くんはそう言って安藤くんに怒っていた。
「いやっ。俺は別にそんなつもりなくてっ」
「壁にまで追い込んでおいて、そんなわけないだろっ」
「違うんですっ」
「そうやって追い込まれたら怖がるだろっ。立花さんは女の子なんだからっ」
「……っ……すみませんっ……」
吉野くんはずっと険しい顔をしていた。
「何もされてない?」
吉野くんは私にそう聞いてくれた。
「大丈夫」
「はぁ……2人きりにさせるんじゃなかった」
安藤くんは自分の荷物をまとめると、逃げるように部屋から出て行った。
「本当に何もされてない?」
「大丈夫。詰め寄られただけ」
「よかった……」
「ありがと」
「まだ凛くん来てなかった」
「……そっか……」
私は帰り支度をし、すぐにお店を出ると、吉野くんは一緒に凛を待ってくれた。
「吉野くん……安藤くんは、私に何かしようとはしてなかったよ。なんか怯えてるように見えた」
「じゃあ、なんであんなに壁に追い詰めるようなことしたんだよ」
吉野くんはまだ怒っていた。
「なんか凛のことが気になってるみたい」
「は?なんで凛くん?」
「わかんない。“本当に好きなんですか”って聞かれた」
「それって立花さんのことが好きなんじゃないの?」
「ううん。そんな感じはしなかった。それにさっきも言ったけど、怯えてるように見えた」
「わかんないだろそんなこと。色んな奴がいるんだから。例えそう見えたとしても、腹ん中では何考えてるかなんてわかんないだろ?」
「……確かに……」
「……次に会ったらまた話を聞いてみるよ」
もう安藤くんは、吉野くんには話さないと思う。さっきの吉野くん、すごく怖かったから。
私はスマホでシフトを確認した。
安藤くんとシフトが一緒になる日は、今月はなかった。今回安藤くんは遅番メインだった。
「モモごめんっ。電車で寝ちゃった」
凛が走りながら、そう言った。
「凛、迎えに来なくても大丈夫だよ。凛も疲れてるんだから」
「やだ。夜は危ない。それに疲れてない。電車ってガタンゴトンするでしょ?だからひとりだと眠くなっちゃうだけ」
「ははっ。そっか。ありがとね」
「吉野くんもお疲れさま」
凛はニッコリすると吉野くんにそう声をかけていた。
「凛くんもお疲れさま」
それから3人で駅へと向かった。
なんだったんだろう……安藤くん。
なんであんなに凛のことを気にするんだろう。




